新庄剛志『わいたこら。』

テレビ『しくじり先生』で、「20億円を使いこまれていた」と衝撃の告白をし、日本中にセンセーションを起こした新庄剛志さん。失意のどん底で、何を考え、どう乗り越えたのか!? 新庄剛志さんが自身の半生を綴った『わいたこら。』(学研プラス)を、全文公開します!
(9/25から 毎週火・金更新予定)

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著者プロフィール

新庄剛志

新庄剛志しんじょう つよし

1972年生まれ。福岡県出身。 1990年、阪神タイガース入団。1992年、先輩外野手の亀山努とともに右中間でコンビを組んで活躍、甲子園に「亀新フィーバー」を巻き起こす。1993年、球団歴代最年少の先発4番打者として出場を記録。初のシーズン100安打を達成し、セ・リーグのベストナイン、ゴールデングラブ賞を初受賞するなど大躍進を遂げる。1995年、シーズンオフに突然、現役引退を宣言し、のちに撤回。1999年、首位攻防の巨人戦、12回同点1死1・3塁の攻撃で敬遠球を打ってサヨナラ安打を放ち大きな話題となる。 2001年、米大リーグ球団ニューヨーク・メッツに移籍し、日本人選手で初めて投手以外の野手として登録。本拠地開幕デビュー戦でホームランを打ち、「SHINJOY」という愛称とともにニューヨークの人気者になる。シリーズ終盤、チームのプレーオフ進出をかけて4番打者として活躍。2002年、サンフランシスコ・ジャイアンツに移籍、日本人選手で初めてのワールドシリーズ出場を果たす。2003年、メッツに復帰。 2004年、日本球界に復帰し、北海道日本ハムファイターズに入団。発表会見で「札幌ドームを満員にする」「チームを日本一にする」と宣言。コスプレや特殊メイクをしてシートノック、地上50メートルからミラーボール付きゴンドラでグラウンドに降下するなど、試合前のパフォーマンスが「新庄劇場」と呼ばれて好評を博し、北海道に移転直後のファイターズ人気を盛り上げる。 2006年、シリーズ開幕直後に引退宣言。プレーとパフォーマンスの両面でチームを牽引し、ファイターズを日本シリーズ優勝に導く。 2010年、インドネシア・バリ島に移住を決意するのとほぼ同時期に、自身が約20億円の横領詐欺被害を受けていた事実を知る。 現在、バリ島で自由な生活を満喫中。