女を傷つけることなんてできない
二村 『ぼくは愛を証明しようと思う。』で描かれる数々の女性との関係の中で、唯一、グッときた箇所があるんです。
藤沢 どこですか?
二村 五反田のラブホでセックスする人妻との関係。
藤沢 そこですか?(笑)
二村 まず、五反田という街がいい。『ぼく愛』で主に提唱されてる「六本木で、モデル系の美女や一流企業のOLをナンパして口説こう」みたいな考えかたは、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』で書いた「男のインチキ自己肯定」を高めるだけのことで、かりに読者のモチベーションを上げるためのギミックだとしても、それはちょっとダサすぎませんかと言いたい。五反田のほうがダサいと思ってる人も多いだろうけど……。
—— たしかに五反田だと、純粋にそのためだけに行く、というイメージがありますよね。この人妻との関係って、他の女の子たちとの関係よりさばけてますし。
二村 この物語の中で例外的に「人間を相手にセックスをしている」場面だな、という印象をうけました。 ただ言い添えておくと、この人妻とこういう関係を作ることができたのは、たしかに主人公が恋愛工学によってモテるようになった、その結果ではあります。それは認めます(笑)。
藤沢 さすが、二村さん。深いなあ。
二村 また褒められた……(笑)。
あくまで僕の主観ですけどね、六本木での美女たちとのセックスや、主人公がナンパする女性の「ランク」が次第に上がっていく描写、これらは男性読者の興奮は喚起できているのかもしれませんが、肝心の美女たちが全然キモチよくなってないですよ。しかし、この人妻だけは主人公とのセックスで解放されているように思います。藤沢さんが創造した作品上のキャラクターをつかまえて勝手なことを言って、すみませんが(笑)。
—— 言われてみればそうですね。作中で一番対等な関係かもしれないですね。お互いにとって、ハクがつくとかつかないとか、傷つける傷つけないとか、そういうことではないわけで。
二村 「恋の勝ち負け」だらけの作品世界の中で、この人妻とだけは勝ち負けのないセックスができている。見ようによっては「人妻が主人公を性欲処理のために利用している」とも言えますが、こういうセックスなら「やればやるほどエロくなって、楽しくなる」と僕は思うんです。『ぼく愛』で描かれたそれ以外のセックスは、やればやるほど喉が渇き、勝てば勝つほど本人も傷つき、さらにまた別の美女を求めることになる。その結果、相手の女性のことも傷つける。
ただ、この「傷つく」とか「傷つけるほうも、じつは深く傷ついている」といった考えは、藤沢さんとは相反するんだろうな。この本の中でも藤沢さんは、ご自分の分身であるキャラに「我々には女性を傷つけることなんてできない」と語らせてますもんね。
—— 恋愛工学を学んだ主人公は、複数の女性にそのテクニックを仕掛けていく過程で、自分が女性にひどいことをしているのではないかと、ふと思う。そんな主人公に、師匠である永沢は「調子に乗るなよ。お前に女を傷つけることなんてできないよ」と言い放ち、それから主人公は悩まなくなります。
藤沢 もちろん、女性は傷つかないから、何でもしていいということではありませんよ。選ぶのはつねに女性側で、男性は選ばれる側にすぎない、ということを自覚すべきだという話です。そして、女性はみんな手強い。ヘナチョコ男が傷つけるなんてできませんよ。たとえ、傷つけようとしたってね。