陰と陽を巡る手塚治虫と勝新太郎の共通性
—— まずは吉本さんが勝新太郎をテーマにマンガを描こうと思った経緯から聞かせてください。
吉本浩二(以下、吉本) 『ブラック・ジャック創作(秘)話』で手塚治虫のことを描いてみて、今度はマンガ以外のとんでもない人を描いてみたいと思ったのが動機のひとつですね。手塚治虫は真面目でインテリで誠実な人柄っていうイメージがありますが、実は制作の現場では、マンガに対してものすごくわがままで貪欲でした。
—— 「マンガの神様」と言われるくらいだから、人格者のイメージがありましたね。
吉本 そういった一般的な手塚治虫のイメージとのギャップを描いたのが『ブラック・ジャック創作(秘)話』だったんです。そういった表と裏、陰と陽みたいなものにすごく惹かれるんですね。
—— 表の印象が強烈である人ほど、裏の顔が際立ちますし。
吉本 それで次に何を描こうかというときに思いついたのがカツシンさんでした。僕はカツシンさんには手塚治虫とは真逆のイメージを持っているんです。カツシンさんて破天荒でむちゃくちゃなエピソードがたくさんありますよね。でも、カツシンさんについて書かれた本を読むと、すごく繊細でやさしい人だったんじゃないかと思えてくるんです。だから、手塚治虫に陰と陽があったように、勝新太郎にも陰の裏には陽があるんじゃないのかなって。あの破天荒で知られる勝新太郎が、実は真面目で繊細だった、そういう作品を描きたいなと思いました。
—— 妻である中村玉緒さん、『座頭市』のスタッフ、親交のあったバルテュスの奥さん、そして2巻にはなんと渡辺謙さんと、これだけの人たちに取材できたことが快挙でしたね。
吉本 『カツシン ~さみしがりやの天才(スター)~』を描くにあたって、何人か取材候補を考えて、順番にアプローチをしていこうと思ったら、まさかの第一候補の中村玉緒さんでOKが出まして、自分でもびっくりしました。
—— 許可が下りたとはいえ、武勇伝の数々もしかり、ハードルは高いですよね。
吉本 ものすごく高いです。正直、本当に僕が描いていいのだろうかっていう思いもありました。今回運良くみなさんが取材を受けてくださったのも、亡くなられて17年経ったタイミングで、映像の権利とかがご遺族のもとに集約されてきたタイミングだったんです。
マンガでしか描けない「カツシン」の人間描写
—— 『ブラック・ジャック創作(秘)話』は吉本先生自身が身を置くマンガ家の世界ですが、映画やドラマの世界となると、だいぶ勝手が違いますよね。
吉本 手塚先生は神様とはいえ、マンガ家の延長線上にはいるので、「マンガ家のこういうところを描きたいんだ」っていう自分自身の気持ちを込められる。それに比べると難しいですね。ただ、自分はもともと大学時代に独学で趣味で映像を撮っていて、最初に就職したのもテレビの制作会社なんです。だから若いときにやりたかったことを、いま別の形でやりたいと思っていました。それがカツシンさんという最高の題材に出会えたわけです。一度は本気で映像の世界を志して挫折した人間なので、ただのファンではない目線で描けているとは思います。
—— マンガには取材された方々も実名で登場しますが、なかには90歳を超えている方もいらっしゃいました。
吉本 はい。カツシンさんの作品はずっと残っていくと思うんですが、その素顔の部分は、いまマンガに描かないとちゃんと残らないんじゃないか、っていう思いはあります。
—— 破天荒なところも繊細なところも、どこを切り取っても面白いエピソードばかりですが、その中でも取材を通じて手応えを感じたエピソードはありますか?
吉本 やっぱり中村玉緒さんから聞かせていただいた、並木道の話ですかね。最初は映画制作の舞台裏の熱気や、現場の混乱とかを描けたらいいなとは思っていましたが、どうしてもそれよりか、小さいエピソードのほうにどんどん気持ちが……。
—— 勝新太郎らしい豪快なエピソードよりも。
吉本 ちょっとした気遣いだったり、些細で人間味のあるところに惹かれていったんですね。これは手塚先生のときも同じだったんですけど、遠いところにいるカリスマや天才でも、自分たちと同じ「人間」なんだっていうことを描きたいんですよね。それがたとえ、従来のカツシンファンの人たちにとって違った印象を与えるものだとしても、それが僕にしか描けないことなんです。こんなこと言うのはおこがましいんですが、そういう分かりやすい破天荒さではない、細かい人間描写は、映像や活字よりもマンガのほうが向いているのかなって。
身振り手振りを交えてカツシンの話をした渡辺謙
—— 今回発売する『カツシン ~さみしがりやの天才(スター)~』第2巻では、1984年に放送されたNHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』で共演した渡辺謙さんに取材して聞いたエピソードが掲載されます。
吉本 当時、28歳の渡辺さんが主演で伊達政宗を、カツシンさんが55歳で豊臣秀吉を演じた、いまや伝説とも言われる大河ドラマです。 すごく印象的だったのが、今ちょうど渡辺さんが55歳で、あのときのカツシンさんと同じ歳なんですよ。たぶん、そのことを意識されたんだと思いますが、取材中に渡辺さんは「自分には伝えていく役目もあるのかな」とおっしゃっていました。
—— それもあったのか、かなり踏み込んだお話もたっぷりとされていたようですね。
吉本 渡辺さんのお話だけで、NHKスペシャルが一本つくれちゃうぐらいでしたよ。マンガにも描きましたが、カツシンさんは、当時20代の渡辺さんのことをすごく見込んでいました。あのとき若手だった渡辺さんが今となっては世界的大俳優ですからね。見込まれた人が本当に世界的なスターになるって、やっぱり一流の役者には一流になる人がわかるんだなぁって思いますね。
—— 取材中の渡辺さんはどんな様子でしたか?
吉本 思い出しながらというより、かなり前のめりで止まらない感じで。実際は1時間15分くらいだったんですけど、体感としては2~3時間は話をうかがっていた気分でしたね。特に印象的だったのは、カツシンさんの発言をするときに、渡辺さんがカツシンさんを演じながらお話されるんですよ。とにかく楽しそうに、身振り手振りを交えて。インタビュー中は僕と担当編集と三人で話しているはずなのに、渡辺さんには違うものが見えてる感じがしました。まるで一人舞台を観ている様で、本当に贅沢な時間でした。
渡辺謙さんへの取材を通じて描いた「伝説の独眼竜政宗」の回をcakesで公開! 著者・吉本浩二さんインタビュー後編とあわせて、7月2日(木)掲載予定です!