直木賞は、芥川賞と同時に昭和10年に制定された歴史のある賞。1年に上半期と下半期の2回、単行本として発表された短編および長編などの中から、大衆文芸作品の中で最も優秀なものに与えられます。
選考委員は浅田次郎・伊集院静・北方謙三・桐野夏生・高村薫・林真理子・東野圭吾・宮城谷昌光・宮部みゆきなど大衆文芸界の大御所ばかり。
今回は、第153回は上半期(2014年12月1日~2015年5月31日までに公表されたもの)から、以下の6作品がノミネートされました。まずは一部抜粋を楽しんでみてください!
『東京帝大叡古 教授』門井慶喜
うとうととして目ざめると東京だった。長旅で体がこわばっている。私はばりばりと音を立てるようにして三等客車の固い椅子から身をひきはがし、車室を出て、新橋停ステーシヨン車場のプラットホームに降り立った。ここから路面電車へ乗り 継がなければならないことは、事前の調べでわかっている。
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『若冲 』澤田瞳子
大きな角盆をよいしょ、と抱え、お志乃はつや光りする箱階段をふり仰いだ。
女子の足には少々高すぎる段を上がる都度、わざと足を踏み鳴らす。顔料の入った絵皿が盆の中でかたこと動き、ここ数日家内に満ちている梅の香が、その時ばかりは膠の匂いに紛れて消えた。
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『永い言い訳』西川美和
大学の時につきあった彼女は、絶頂に達する直前になると、もうやめて、と決まって言った。ぼくを鼓舞する意味の「もうやめて」ではない。ほんとにやめて、自分から身体を放してしまうのだった。
彼女はしかし、ぼくを拒絶しているつもりはないと言った。そばに寄り添い、ぼくのまだ薄かった胸に尖ったあごを乗せ、収まりのつかないあそこを片手でんだまま、何故もうやめなければならないのかについての長い言い訳を語って聞かせた。
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『アンタッチャブル』馳 星周
ハムの連中の冷ややかな視線を背中に感じながら、宮澤武は警察総合庁舎別館三階の廊下を早足で歩いた。
ハム―公安の連中に対する刑事警察の称だ。公安の公の字を分解すればカタカナのハムになる。廊下をすれ違うハムの連中はだれもが没個性で、その辺を歩いているサラリーマンと見分けがつかない。十人十色、様々な個性がきら星のごとく寄り集まった捜査一課とはまるで毛色が違う。捜一では没個性は能無しと同じだと見なされる。
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『流 』東山彰良
その黒曜石の碑は角が取れ、ところどころ剥がれ落ち、刻まれた文字もまたかなり風化していたが、それでも肝心な部分は辛うじて読み取ることができた。
一九四三年九月二十九日、匪賊葉尊麟は此の地にて無辜の民五十六名を惨殺せり。内訳は男三十一人、女二十五人。もっとも被害甚大だったのは沙河庄で―(数行にわたって判読不能)―うち十八人が殺され、村長王克強一家は皆殺しの憂き目を見た。以後本件は沙河庄惨案と呼ばれるに至る。
碑文を写真に収めてしまうと、とたんに手持ち無沙汰になって途方に暮れてしまった。
『ナイルパーチの女子会』柚木麻子
泳ぎたいな、と思った。
シャツ、スカート、下着を足元に脱ぎ捨て、素肌に水の柔らかさと光の屈折を感じて、音のない空間をどこまでも心の赴ままに進んでいきたい。水温が肌になじむにつれ、自分と世界の境界線が曖昧になり、体重も年齢も性別もその意味を失う。言葉を発しようとしたら、すべてあぶくになって高く高く昇り、白い彼方に滲んでやがて消えていく。暑い季節は終わろうとしているのに、何故そんな風に思うのだろうか。
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ノミネートされた全候補作家インタビューは、発売中の「オール讀物」7月号を御覧ください!
気になる受賞は、選考会が2015年7月16日(木)に行われ、「オール讀物」9月号に掲載されます。