式はつつがなく終了した。紳士と会話をしたおかげで、僕の気分は高揚し、少々お酒を飲みすぎた。二次会でも飲酒のペースは上がり僕は泥酔のままタクシーに放り込まれた。
翌朝、二日酔いの頭をなんとか起こし、テレビをつける。普段ならお昼すぎまで寝ている僕だったが、今日からは違う。紳士に出会ったことによって何かが目覚めようとしているのを感じるのだ。
日曜の朝のテレビ番組は、この1週間に起きた事件をまとめるニュース番組が多い。世界を見るにはあまりにも単純な手だが、今の僕のアンテナはビンビンだ。
しかししばらくして、僕の気持ちは暗淡たるものとなった。
テレビから流れてくる政治や事件のニュースに「希望」を見ることができなかったからだ。
僕は今、変わろうとしている。しかし、この日本がいい方向に変わらない限り、それは意味のないことじゃないのか。
せっかく火がついた僕の心は、二日酔いのまどろみも手伝い、風前の灯状態になっていた。
その時、僕のケータイが鳴った。
見慣れない電話番号。しかし僕は誰からの電話かはっきりとわかった。あの紳士だ。
「もしもし」
「おはようございます」
「その声の様子だと、昨日は飲みすぎたようだね? 昨日は披露宴だった。しかも、君自身は、自分の未来につながるような話を聞いて高揚していた。そんな時には、つい、飲みすぎるものだ」
「はい……」
「いいことだ」
「しかし、健康という面では、体に負担をかけてますし、二日酔いによる効率の低下は、貴重な時間を失っています」
「さっそく昨日、話したことが身についてきましたね。しかし『はめをはずす』というのは、体にはともかく心にはいいこと。外すときは、とことんやるといい」
「はい」
ここまで肯定されると、二日酔いさえ、よいことのような気がしてくる。
「ところで、ランチなんてどうかなと思い電話をしたのだが。きっと私の推理では……」
また紳士と話ができるのは嬉しかったので、その言葉を遮るように言った。
「ぜひ! 僕もまたお話を聞きたいと思っていたのです!」
僕は紳士と、ランチタイムより少し遅めの時間に会う約束をした。
ニュースを見て思った「この国の未来」について聞きたいことが、頭からあふれそうだった。いつの間にか二日酔いはどこかへ消え去っていた。
◆ ◆ ◆
紳士が指摘した店は、オフィス街の大通りから1本入った、小さなレストラン。
休日だというのに、店内のテーブルはほぼ埋まっていた。
「オフィス街のレストランなのに、休日にオープンしているんですね」
「私達のように、こうして休日でもビジネスの話をする人はたくさんいるということさ。休日は平日と違うテンションで落ち着いて仕事が進む。さて、君にはまだ話し足りないことが山ほどある」
「あの、その前に、今日は1つ質問があるのですが」
「どうぞ、答えられる限り答えよう」
「今朝、ニュースを見ていたのですが、政治や経済、年金や社会保障の問題、それに、震災復興や、事件など、この日本が抱える不安要素がたくさんあると思うんです。昨日、あなたのお話を聞いて、自分の未来に少し希望の光が差したと思ったのですが、僕がここにいる日本そのものに希望を見いだせない気がして」
「どうせ何をやっても無意味なのでは、と思ったわけだね?」
「はい……」
日本の未来は暗い。でも、「日本人」はどうか?
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