『ハサミ男』を初めて読んだ日のことは強烈に覚えている。献辞に知人の名前を見つけて仰天し、もしやこの新人は……? と逸る気持ちを抑えてページをめくり、伊藤典夫らしき人物がテレビ番組〈知ってるつもり!?〉でティプトリーを語る楽屋落ちシーン(重要な伏線でもある)まで読んで、疑念は確信に変わった。XTCにちなんだ題名とこの内容、この完成度からして、“犯人”はあいつしかいない。
翌日、講談社に電話して、文三の宇山日出臣部長に、
「殊能将之という新人の本名は、もしやT・Tじゃないですか?」
と訊ねたところ、
「ふふふ。そうだよ」との答え。
長く消息不明だったがTが元気だったことと、よりにもよってメフィスト賞を選んでデビューしてくれたことがとにかくうれしかった。
Tは、福井のハードSF少年として高校時代からSFマガジン誌上で名を馳せていたが、3歳年長の僕がTと初めて出会ったのは、彼が大学1年生のころ。1983年秋、名古屋大学のSF研究会に入会したTはたちまち頭角を現し、機関誌の編集や執筆などで八面六臂の活躍を見せていた。音楽と映画とアニメとSFを縦横に切りまくり、映画「ビューティフル・ドリーマー」を論じた「恋のメビウス」、ハードSFを論じた「ハイウェイ惑星はいかに改造されるか?」などの評論群は、ユニークな着眼点と優れた文章センスで全国のSFマニアから高く評価されていた。
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