第五章 洋子の決断(2)

ポーランド人のギタリストの演奏に蒔野は驚く。その才能に驚嘆し、ほとんど不穏なと言うべき胸騒ぎを覚え……。

 ここ数年、ロドリーゴ国際ギター・コンクールやGFA国際ギター・コンクールなど、出場した世界の主要なコンクールすべてで優勝しており、一部では早くも、「四半世紀に一人の天才」などと喧伝されていた。蒔野も、その若者の評判は耳にしていたが、今回マドリードに来るまで、実際に演奏に触れたことはなかった。

 平日の午後の客の疎らな小会場で、蒔野は知人のギタリストらから少し離れて、独りで彼の演奏を聴いた。そして、最初の曲のほんの数小節だけで、その才能に驚嘆し、ほとんど不穏なと言うべき胸騒ぎを覚えた。

 律儀にセゴビア所縁の曲でまとめられたプログラムで、特にタンスマンの《カヴァティーナ組曲》と《スクリャービンの主題による変奏曲》は、蒔野自身も以前にレコーディングしていたので、隅から隅までよく知っていた。

 彼は最初、少しく張り合う気持ちで、その演奏に耳を傾けていた。全体的に—幾つか具体的な箇所でも—彼自身の解釈と相通じ、共感しつつも、しかし新しくはないと思い、むしろ自分の演奏が下敷きにされているのではと考えた。—が、時が経つにつれて、そうした対抗心は失われていった。音色、表現力、そしてその解釈の深みに於いてさえ、いずれも自分は彼に負けている、或いは、言葉を選ぶならば、彼に更新されてしまったと認めざるを得なかった—少なくとも、その二曲に関しては—。

 蒔野は、次第にうっとりした心地になっていった。

 楽曲の全体が、星空のように広大に、遥かに見渡されて、しかも旋律は、星座のように整然と結び合って、決して見失われることがなかった。その多彩な一音一音に耳を澄ますことには、星の光の一つ一つに目を凝らすような楽しみがあり、興奮があった。

 軽薄な外連味は些かもなく、むしろ、愚直なまでにオーソドックスで、その意味でも蒔野の好みであり、実際、彼自身のスタイルとも近かった。

 しかし、こちらの方が、出るべくして出てきた本物じゃないかという気がした。

 蒔野は、このフェスティヴァルの間中、ずっと不満だった。「違うんじゃないか」という疑問が、絶えず脳裏を過ぎっていたが、本来ならば彼自身が取り組み、新しい達成として未来に解答を示すはずのその課題は、既にこの青年によって克服されつつあった。

 舞台上には、ギターという楽器の進化の系統樹の一番太い幹の先端があり、しかもそれが、弦と共に振動しながら、今にも目に見えて伸びてゆこうとしていた。なかなかのハンサムで、背が高く、スター性もあった。

 かくも素晴らしい才能のために集まった人数としては、いかにも寂しかったが、客席の他のギタリストも含めて、聴衆の表情は賛嘆に満ち、拍手は熱気を孕んでいた。

 終演後、蒔野は舞台裏に飛んでいって、彼に面会を請い、その演奏を祝福した。

 まだ三十前だという青年は、慇懃に挨拶をして、

「一昨日のテデスコの協奏曲、今日の準備そっちのけで聴きに行きました。」

 と快活に言った。

 その事実だけを伝えて、感想は一切口にしなかった。

 蒔野は、そこに兆した慎ましやかな沈黙から、彼が自分の演奏を何とも思わなかったらしいことを察した。そもそもギタリストとしても関心がなく、これまで特に、影響を受けたということもなかったのだろう。自分のタンスマンのレコードも恐らくは聴いてはいまい。近いアプローチだと言えば、酷い勘違いだとでも思うのではないか。

 新しい才能の出現が、必ずしも常に脅威であるわけではなかった。残酷なのは、その才能に自らの存在を素通りされ、無視されることだった。彼が一体、誰を尊敬し、誰に連なるべき才能であると自認しているのか。その系譜が、自分とは無関係に描き出される様子を、端でただ、黙って眺めているのは辛いことだった。あれはもう、自分が何年も前にやったことだと幾ら思ってみても、世間が新しい才能に於いて 新しい 、、、 と感じればそうなのだった。

 かつては蒔野自身が、そのような寂寥を湛えた年長のギタリストたちを前にして、幾分当惑しながら、控えめな微笑みを浮かべていた。そういう時の自分の内心の冷酷さを、彼は残念ながら、よく覚えていた。

 俺もそんな歳になったのだなと、蒔野はそのポーランド人の青年が、別のギタリストに挨拶しているのを眺めながら、身に染みて感じた。

 孤独というのは、つまりは、この世界への影響力の欠如の意識だった。自分の存在が、他者に対して、まったく影響を持ち得ないということ。持ち得なかったと知ること。—同時代に対する水平的な影響力だけでなく、次の時代への時間的な、垂直的な影響力。それが、他者の存在のどこを探ってみても、見出せないということ。

 俺だけは、その歳になっても、そんな幻滅を味わうはずはないと、蒔野はどこかで楽観していたのだったが。……

 連日連夜の豪勢な夕食で、蒔野は、たった一週間弱のマドリード滞在で、二キロ近く体重が増えていた。

 食事の始まりは午後九時過ぎで、さすがに日付が変わる前後には帰途についたが、そういう時間の感覚も、年齢相応だった。

 若いポーランド人のギタリストとは、生憎と顔を合わせなかったが、四日目の晩には、留学時代からの旧知のキューバ人のギタリストが、

「サトシに褒められたって、喜んでたよ。」

 と、彼のことを話題にした。蒔野はオリーブの種を口から摘まみ出しながら、苦笑して首を振った。

「褒めたけど、屁とも思わないって顔してたよ。」

「緊張してたんだろう。自信になったって言ってたよ。」

「本当かな?」

「本当だよ。話をしたがってたよ。」

「そう?……なんだ、案外、いいヤツだな。CDでも送りつけて、存在感を示しておくか。」

「はは、そうしろよ。こんなにたくさん出してるってだけでも、下の世代からは感心されるから。」

 そう言って、二人で笑い合った。

 年齢的に、抱えている問題は似たり寄ったりのはずだったが、お互いに、あまり真剣に悩みを打ち明けたりはしなかった。その代わりに、洋子との生活を考えて、活動拠点をパリに移す可能性について話してみたが、答えは予想通り、否定的なものだった。

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毎日新聞で3月1日より連載を開始した芥川賞作家・平野啓一郎氏の新連載『マチネの終わりに』が、cakesでもスタート! 『空白を満たしなさい』以来、三年ぶりの長篇となる本作のテーマは「恋愛」。文明と文化、喧噪と静寂、生と死、更には40代...もっと読む

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