捨てたつもりで捨てていない」—教養を生む距離感

マイクロソフト日本法人社長を経て、投資会社・インスパイアを設立、さらに面白い本を紹介する書評サイト「HONZ」も創設した成毛眞さん。「情報を活かす」には、「情報を捨てる」必要があると提言する成毛さん。では、知識を収拾することなく、どうしたら「教養」を得ることができるのでしょうか。

「捨てたつもりで捨てていない状態」がベスト

 私は本を読むと、すぐにその内容を忘れてしまいます。
 たいていの場合、読んでいる途中で、前のほうに書いてあったことを忘れます。

 それでは書評が書けないので、付箋を貼りながら読んでいます。付箋を貼るのは、忘れることを前提とした作業なのです。

 面白かった本を本棚に入れておくのも、忘却を織り込んでの行為です。そこに私の脳の外部記憶装置として本棚があり、本があるから、安心して忘れられると言えます。

 忘れたはずのことでも、些細なきっかけで思い出すことがあります。「前に読んだ本に書いてあった」ことだけ思い出せれば、十分です。あとは、本棚の前に立ってその本を探し出せば、そこには以前読んだときと同じ情報が書かれています。

 つまり、忘れたつもりでいても、捨てたつもりでいても、実際には忘れていないのです。

 私は、情報との距離感はこの程度でいいと思っています。もちろん、自宅の場所や銀行の暗証番号といったデータはすぐに頭の中から引き出せないと困りますし、何かの資格試験に臨む際には無理矢理の暗記も必要でしょう。しかし、そういった例外を除いた、たいていの場合は、どのあたりに情報があるかがわかっていて、さらに、どうやったらそこにアクセスできるかがわかっていれば、十分です。裏を返せば、そのために付箋を貼り、本棚はジャンル別に整理しておく必要があるのです。

 もし、読んだことを何もかも覚えていようとしたら読書は苦痛になるでしょう。読んだ内容は忘れていいと知ることが、本を多く読むコツと言えます。

教養とは「捨てきれない情報」のこと

 書店へ行くと教養について書かれた本を多く目にします。まさに世は教養ブーム。この教養とは実は、捨てたつもりで捨てていない情報のことだ、と私は考えています。

 捨てたつもりゆえに、はっきりと覚えていないので、仕事に使う情報のようには役に立ちません。しかし、何かのきっかけで思い出したとき、教養は最強の情報になります。

 教養は、「教養を身につけるための本」を読めば身につくものではありません。教養は即効性のある薬のようなものではないのです。教養は、時間をかけていろいろな食べ物を摂取してきたことで、体に備わった血肉のようなものです。おいそれとは構築できないし、だからこそ、捨てたつもりでも捨てきれません。

 忘れていたつもりでも、子どもの頃に何度も聞いていた歌などは、少し耳にしただけで、かなりの部分を思い出せるのは、その歌が聞く人にとって教養になっているからです。

 そしてこの教養は、思わぬ時によみがえってくるだけでなく、思わぬ時に力を発揮します。

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情報の「捨て方」

成毛眞

マイクロソフト日本法人社長を経て、投資会社・インスパイアを設立、面白い本を紹介する書評サイト「HONZ」も創設した成毛眞氏。「情報を発信し、情報を得て、活用すること」に長けているイメージが強い氏は、なぜ、今、「情報を捨てる」ことを勧め...もっと読む

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Koma_Studio 情報や教養との向き合い方。| 約4年前 replyretweetfavorite