古典を「現代のケーススタディ」として読む

「おもしろいから」本を読むのであって、はじめから「功利的に」本を読むことはあまり推奨というライフネット生命の出口治明さんは、ビジネスパーソンにも、「ビジネス書よりも、古典を読む」ことをオススメしています。なぜなら、結果的に古典は、現代のビジネスにおいても“とても役に立つ”からだと出口さんは説明します。出口治明さんによる『本の「使い方」』から、その内容を抜粋して紹介してきた本連載、最終回です。

古典が「優れている」理由

 私は、自分でもビジネス書を書いていますので、天に唾する行為であることを100%承知の上で、それでも「ビジネス書より古典を」と言い続けています。
 ビジネス書を10冊読むより、古典を1冊読むほうが、はるかに得るものが大きい。優れた本というものは、そう滅多に世に出るものではありません。
 では、古典は、どうして現代のビジネス書よりも優れているのでしょうか。その理由は、大きく4つあると思います。

①時代を超えて残ったものは、無条件に正しい(より正確には「正しいと仮置きする」)

②人間の基本的、普遍的な喜怒哀楽が学べる

③ケーススタディとして勉強になる

④自分の頭で考える力を鍛錬できる

「ケーススタディ」として勉強してみよう

 優れた歴史書や小説に登場するさまざまな人物は、生きた人間社会の最良のケーススタディになります。人間の心理描写に深く入り込んだ古典を読めば、「人間と人間がつくる社会は、どのようなものか」と何度も予行演習をすることができます。

 人間は、平気で面従腹背もできるし、意外に厄介な動物です。

 上司の前では「仰せの通りです」と指示に従うふりをしておきながら、実際は、裏で足を引っ張るような人が現実世界には山ほどいます。それが人間社会の実相です。

 たとえば、上司の振る舞いを見て、「あの小説に出てきた、あのシーンとそっくりだな」という場面に何度も遭遇することがありました。役員の前では、「はい、言われた通りにいたします」と返事をしておきながら、裏では「またアホな思いつきを指示された。バカバカしくて、やってられへんな」とサボタージュをする部長もいました。

 誰でも一度くらいは、仕事で足を引っ張られ、悔しい思いをしたことがあるでしょう。そんなとき、人間にできることは、それほど多くはありません。私たちにできることは、「現実は、小説の世界と同じだな」「あの小説に出てきたように、人間の世界は嫉妬深いんだな」と客観的に物事を捉え、「まぁ、今回は仕方ないな。次回はこの轍を踏まないようにしよう」と自分を落ち着けることぐらいなものでしょう。

たとえば、「投票したい候補者がいない」ときに

 古典を読んで「社会には、こんなにひどい人間がいる」「人間は、千差万別である」ことが十二分にわかっていれば、予期せぬ相手があらわれても、動じることはありません。「ああ! 本に書いてあったことは本当だ」と、軽くやり過ごすこともできるでしょう。

 たとえば、選挙の投票日に、「ロクな候補者がいないから、投票には行かない」と政治への不信や無関心を口にする若者がいます。「○○党は好きじゃないし、△△党はひどい体たらくだし、××党は何がやりたいのかわからないし、どこにも投票できないじゃないか」と言うわけです。

 それでも、選挙には行くべきだと私は考えています。なぜなら、そもそも選挙は「より良い人」を選ぶための仕組みではないからです。

 いまから100年近く前に、連合王国(イギリス)の名宰相、ウィンストン・チャーチルは、次のように明言しています。

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本の「使い方」

出口治明

注目の経営者(ライフネット生命)にして、稀代の読書家としても知られている出口治明さん。出口さんは物心ついた頃から数えると、これまでに概算1万冊以上の本を丁寧に読み、そして、それを自分の血肉にしています。それがときに、現実社会を生き、働...もっと読む

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コメント

toyosge ""ってタイトルが秀逸よね。 4年以上前 replyretweetfavorite