円や直線は、もともと脳のなかにある
——『コンテンツの秘密』で、一番印象的だったのが「情報量」についての考察です。
川上量生(以下、川上) ジブリでびっくりしたのが、アニメーターが「情報量」という言葉を日常的に使っていたことなんですよね。でも情報量って言ったら、普通はIT業界で使うような言葉じゃないですか。「この人達は、何のことを言ってるんだろう」と思ったんですよね。
—— アニメーターの方々は、「この絵は情報量が足りない」とか言うんですか?
川上 そうそう。逆に「このシーンは情報量が多すぎてうるさい」とかね。
—— この本では、情報量という概念を、人間の脳が認識している“主観的情報量”と、客観的基準で測れる“客観的情報量”の2つに分類しています。アニメでは、主観的情報量が多くて、見た人が大事なところをわかった気になれる絵がいいとされる、と。
川上 そうですね。逆に言うと、パッとその絵を見たときに、何を見ていいかわからない絵はよくないんです。これを見なきゃいけない、というのが明確にわかるのがいい絵。さらに理想を言うと、見るべき要素がたくさん、うまく衝突しないかたちで詰め込まれていると最高です。何度も見たくなるから。でも、そういう絵を描くのは難しいんです。
—— 『コンテンツの秘密』では『もののけ姫』の背景や『ハウルの動く城』のハウルが飛ぶシーンなどを例に説明されていましたね。
川上 おもしろいのは、絵を見て「いい」「悪い」はみんな判断できるってことなんですよ。それは人間の脳の特徴なんです。人間の脳は基本的にパターン認識をしているので、判断するのは得意なんですよね。だれでも、できあがったものを見れば、それがいいものかどうかはわかる。
—— おお。たしかに!
川上 つまり、人工知能のディープ・ラーニングで起こってることは人間の脳でも起こっていて。
—— え? すみません(笑)。ちょっと説明を……
川上 人工知能の分野で近年非常に発達したのが、ニューラル・ネットワーク上でのディープ・ラーニングという研究分野なんですよ。
—— はい。ニューラル・ネットワークって、脳の神経細胞のつながりを、コンピュータ上で実現しようとする試みのことですよね。
川上 そう。で、ディープ・ラーニングはざっくり言うと、多くの段階に分けて、コンピュータが学習をおこないます。それが人間の認知に似ていると。
—— 本のなかにありました。ぼく、初めてディープ・ラーニングをちゃんと理解できた気がします。解説がわかりやすいですよね。
川上 特にその中のオートエンコーダという手法が、まさに人間の脳でやってることそのものなんですよね。要するに、情報を要約して、それをもう1回展開、再現するということ。
—— 人が「いい」「おもしろい」と思うコンテンツは、その再現がうまいもの、ということなんですね。『コンテンツの秘密』には、脳の認識を説明する例として、似顔絵についての話がのっていました。
川上 似顔絵も、情報を要約して再現したものですよね。それは現実とはちょっと違うんだけど、頭のなかのイメージと合致したら「似ている」とみなされる。
—— 頭のなかには、あらかじめ現実とは違うイメージがあるんですね。それについて、北斎が浮世絵を描くのに、定規やコンパスを使っていた、という話も書かれてましたよね。
川上 そうそう。現実の世界には、きれいな直線や正確な円はありませんよね。北斎は自然界にある風景を正確に模写しようとして、直線や円を使っていたわけじゃないんですよ。
—— はい。
川上 じゃあ、円や直線はどこにあるのか。脳のなかにもともとあるんです。人間は円や直線に反応する回路を脳の中にもっている。これは、唯脳論の養老孟司さんの言い回しですが。
いい作品をつくるのに、センスは関係ない
川上 あとですね、ぼくが思うに情報量そのものが、人間がいろいろなものを認知するための重要な情報なんですよね。