僕の部屋
ユーリ「お兄ちゃん、クイズ出したげるよ」
僕「その《たげる》は何?」
ユーリ「まーいいじゃん。あのね、一億二千三百四十五万六千七百八十九は《 $3$ の倍数》かにゃ?」
一億二千三百四十五万六千七百八十九は《 $3$ の倍数》か。
僕「ん? 要するに $123456789$ ってこと?」
ユーリ「そーそー。さーどーだ!」
僕「 $3$ の倍数かどうかだろ? 簡単だよ。 $123456789$ は $3$ の倍数だ」
ユーリ「ちぇー、つまんないの。お兄ちゃん、即答しないでよ」
一億二千三百四十五万六千七百八十九は《 $3$ の倍数》である。
僕「こんなの基本だよ。《 $3$ の倍数かどうか》を知りたかったら、《各桁の数字をすべて足し合わて $3$ の倍数になるかどうか》を調べればいい、簡単」
《 $3$ の倍数かどうか》を調べるには、 《各桁の数字をすべて足し合わせて $3$ の倍数になるかどうか》を調べる。
たとえば、 $123456789$ の各桁の数字をすべて足し合わせると、 $$ 1+2+3+4+5+6+7+8+9 = 45 $$ となる。 $45$ は $3$ の倍数だから、 $123456789$ も $3$ の倍数になる。
ユーリ「ちぇっ、やっぱり知ってたか」
僕「ユーリ。最近、言葉使いが乱暴になってないか?」
ユーリ「そんなことないですよー。ちゃーんとわきまえてございますもん」
僕「日本語へんだぞ」
ユーリ「でも、お兄ちゃん、暗算早いよね。 $1+2+3+4+5+6+7+8+9$ をそんなに早く計算できるの?」
僕「ん? いや、覚えてたから」
ユーリ「へ?」
僕「 $1$ から $10$ まで足した数は $55$ になるって、暗記してるから。 $55$ から $10$ を引いて $45$ だろ? だから $1+2+3+4+5+6+7+8+9=45$ 」
ユーリ「なにそのマニアックな発言」
僕「マニアックじゃないって……ところで何で急に $123456789$ のクイズが出てきたんだ?」
ユーリ「あのね、授業でその話が出たから。 $3$ の倍数の話。へーって思ったの」
僕「そうか……あれ? ところでユーリは自分では納得してるの?」
ユーリ「納得ってどーゆーこと?」
僕「自分で《確かにそうだ》と確認したかどうかだよ。《各桁をぜんぶ足して $3$ の倍数になるかどうか》っていうのは、 有名な $3$ の倍数の判定方法だけど、 どうしてこのやり方でいいのか、納得してる?」
ユーリ「え……」
ユーリは困った表情になってポニーテールの髪をいじりだした。
数学的に証明する
僕「《各桁をぜんぶ足して $3$ の倍数になるかどうか》が $3$ の倍数の判定方法になることは、きちんと数学的に証明できるよ。中学生でも大丈夫」
ユーリ「《しょーめい》って何?」
僕「数学の証明っていうのは、与えられた条件から、ある数学的な主張までの道筋を論理的に示すことだよ。 《たぶんこうなんじゃないかな》や《経験上こうなんだよ》じゃなくて、 《論理的に絶対これが成り立つ》と示すことが証明だね」
ユーリ「ほー! 論理的に絶対って? ユーリ、証明、好きかも!」
僕「きっと好きだと思うよ」
ユーリは《バシっとわかる》のが好きだからな。
ユーリ「証明ってどうするの?」
僕「話を《 $3$ 桁の正の整数》にしぼって考えることにしよう」
$N$ は $3$ 桁の正の整数とする( $N = 100, 101, 102, \ldots, 999$ )。
$N$ の各桁の数字をすべて足した数が $3$ の倍数ならば、 $N$ は $3$ の倍数である。
ユーリ「ふーん」
僕「いや、ふーん、じゃなくて、これを証明するんだよ」
ユーリ「わかんない。ねー、お兄ちゃん。なんでこんなややこしい話になっちゃうの? $N$ とか出てきてやだな」
僕「 $N$ が出てくるのは、問題の内容が正確に伝わるようにするためだよ」
ユーリ「あのね、たとえば $123$ とか考えちゃだめなの?」
僕「もちろんいいよ。具体的な数で考えたいんだね。それはとても大事なことだ」
ユーリ「たとえばね、 $123$ という数だと、 $1 + 2 + 3 = 6$ で、 $6$ は $3$ の倍数。 それから $123$ は $3$ で割ると…えーと… $41$ かにゃ? うん、 $123 \div 3 = 41$ で割り切れる。オッケー! いいじゃん」
僕「……うん、ユーリはいま、《 $N$ の各桁の数字をすべて足した数が $3$ の倍数ならば、 $N$ は $3$ の倍数である。》 を、具体的な $N = 123$ について確かめたんだね」
ユーリ「ま、そーだよー」
僕「それは正しいし、いま問題になっていることの具体例になっている。《例示は理解の試金石》だ。ユーリは問題の中心的なアイディアをよく理解しているといえる」
ユーリ「えへん」
僕「でもね」
ユーリ「?」
僕「いまやりたいのは、そこからもう一歩進むことだよ。つまり、もっと《一般的なこと》を証明したいんだ」
ユーリ「一般的なこと?」
僕「そう。ユーリは $N = 123$ という具体的な数で調べた。 でも $N = 100, 101, 102, \ldots, 999$ のように $3$ 桁の数すべてについて 確かめるわけにはいかないよね」
ユーリ「なんで? $124$ でも $567$ でも $999$ でも、確かめられるよ?」
僕「わかった、お兄ちゃんの言い方が悪かった。確かめることはできる。でも、とても手間がかかるんだ。 $100$ から $999$ までの数一つ一つを調べていくのは不可能じゃない。でも、手間がかかる」
ユーリ「ふんふん。まー、めんどーだよね」
僕「具体的に一つ一つ調べるのに手間がかかるとき、数学では文字を使うことがある」
ユーリ「文字を使う? 数学の問題なのに?」
僕「そう。《文字の導入による一般化》というんだよ。 $3$ 桁の正の整数 $N$ は、 $a,b,c$ という文字を使って次のように書ける」
$$ N = 100a + 10b + c $$
ただし、 $a,b,c$ はそれぞれ、
$a = 1,2,3,4,5,6,7,8,9$ (のいずれか)
$b = 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9$ (のいずれか)
$c = 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9$ (のいずれか)
とする。
ユーリ「出たな数式マニア」
僕「マニアというほどの数式じゃないよ。 $100a + 10b + c$ という数式を、 掛け算の記号を使って書ける?」
ユーリ「書けるよー。こうでしょ?」
$$ 100 \times a + 10 \times b + c $$
僕「そうそう。《 $100$ 倍した $a$ と、 $10$ 倍した $b$ と、 $c$ を足した数》を表している」
ユーリ「ねー、でも、この $a$ って何?」
僕「それはとてもいい疑問だよ、ユーリ。いま $a,b,c$ は $3$ 桁の数の各桁を表している。 $a$ は百の位の数字、 $b$ は十の位の数字、 $c$ は一の位の数字だよ」
ユーリ「どーして?」
僕「え、どーしてって?」
自分で定義する
ユーリ「どーして、そんなことがわかるの? $a$ が百の位とかさ」
僕「あ、そうじゃない、そうじゃない。あのね、 $a$ を百の位の数字、 $b$ を十の位の数字、 $c$ を一の位の数字を表すと決めたのはお兄ちゃんなんだよ。 いま、そういうふうに自分で決めたんだ。 これからの証明のために自分で定義したんだよ」
ユーリ「そーゆーのって自分で勝手に決めてもいーの?」
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