“一〇〇一話をつくった人” の栄光と悲惨(前)

翻訳・解説・エッセイ・コラムと、SF界のオシゴトを縦横無尽にばりばりこなす超人・大森望氏。氏の〈SFマガジン〉誌上の連載コラム「大森望の新SF観光局」がcakesに出張! SF作家・星新一の知られざる素顔とは――。 今回は「SF観光局」の第6回前半を再録します(SFマガジン2007年6月号より)。

 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社※2015年現在は新潮文庫)がすばらしい。四六判単行本570ページの大作だが、締切の合間を縫ってページを開いたらもう止まらない。クリストファー・プリースト『双生児』の解説原稿も、『文学賞メッタ斬り!』第三弾のゲラも放り出し、最後まで一気に読んでしまった。評判どおりの大傑作。四年の歳月を費やし、130人を超える関係者に取材した労作というだけじゃなく、最初から最後まで、一本びしっと太い芯が通っている。作家評伝のインスタント・クラシック。ノンフィクション系の文学賞はもちろん、日本SF大賞や日本推理作家協会賞など、いろんな賞の対象になりそうだ。

 ……と絶賛する一方で、内心忸怩たる思いというか、こてんぱんにやられちゃったなあという謎の敗北感も多少はある。著者の最相葉月は、小学館ノンフィクション大賞を受賞した98年の大ベストセラー『絶対音感』(現・新潮文庫)で知られる人。生命科学を専門領域にしてはいるものの、SFとの縁は浅い。しかも、大森より三歳近く年下で、本書あとがきによれば、“生前の星新一に会ったことはない。中学生だった70年代に熱中した数多の読者のひとりにすぎない。(中略)図書館にあったシリーズを全部読み終えてしまうと、ぱたりと関心を失った” 。しかし、星新一のショートショートと現代科学の関係を扱ったエッセイ『あのころの未来—星新一の預言』(新潮文庫)をきっかけに評伝執筆を思い立ち、膨大な量になる遺品の整理を遺族に申し出たという。その過程で発見されたメモや日記などの貴重な一次資料は、もちろん本書にも存分に生かされている。

 そういう特権的な立場があったからこの本が書けたというのなら、そう悔しい思いもせずに済む。しかし一読してわかるとおり、『一〇〇一話』はそういう本ではない。新資料や新事実、初公開の情報も大量に盛り込まれているけれど(異母兄の存在や、伏せられていた口腔がんなど)、本書の最大の特徴は、人間・星新一に向ける視線の温かさと鋭さにある。こういう角度から星新一が語られたのは、たぶん初めてだろう。

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大森望の新SF観光局・cakes出張版

大森望

翻訳・解説・エッセイ・コラムと、SF界のオシゴトを縦横無尽にばりばりこなす超人・大森望氏。氏の〈SFマガジン〉誌上の連載コラム「大森望の新SF観光局」がcakesに出張! 知りたかったSF界のあれやこれやをcakesでもおたのしみいた...もっと読む

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Hayakawashobo 大森望氏によるSFマガジン連載出張版、本日はショートショート作家・星新一氏についてのお話です 4年以上前 replyretweetfavorite