地球上から風邪を撲滅する、画期的すぎるアイデアとは?

どんなにバカバカしい疑問にも、科学を使って妄想たっぷりに解説する全米No1人気の科学ブログ「What If?」。書籍化され、現在世界で総部数100万部を超えるベストセラーとなった科学妄想ワールドから選りすぐりの6篇をcakesでお届けします!

【おことわり】 ここに書かれている内容をご自分で実際にお試しにならないようお願いします。本文に含まれる情報から、直接もしくは間接的に生じた損害に関しては、それがいかなるものであろうと、出版社、著者ともに責任を負いかねます。


Q.

地球にいるすべての人が2、3週間のあいだ、一人ひとり離ればなれになって絶対会わないようにしたら、風邪なんて根絶されてしまうんじゃありませんか? ──サラ・エワート


A.

そんなことをやってみる価値があるだろうか?

風邪はさまざまなウイルス*1によって引き起こされるが、一番多いのはライノウイルスによるものだ*2。風邪のウイルスは、あなたの鼻や喉の細胞を乗っ取って、自分と同じウイルスをどんどん作り出す(「増殖」する)ために利用する。2、3日すると、あなたの免疫系が乗っ取りに気づき、ウイルスや乗っ取られた細胞を破壊する*3が、それまでには平均で1人、別の人間にそのウイルスが感染してしまっている*4。感染との戦いに勝ったなら、あなたはその特定のライノウイルス株に対しては免疫ができ、数年間はその同じ株のウイルスには感染しない。

もしもサラが私たち全員を隔離したなら、私たちが持っている風邪のウイルスには、次に感染する新しい人間(ウイルスに寄生される「宿主」)がいないことになる。ではこの状況で、私たちの免疫系はそのウイルスのすべてのコピー(「増殖」してできた、同じウイルス)を全滅させることができるのだろうか?

この問いに答える前に、このような隔離を行なった場合、どんな影響が実際に生じるのか考えてみよう。世界経済の年間総生産高は、約80兆ドルだ。このことからすると、すべての経済活動を2、3週間中断すると、数兆ドルの損失になると推測される。全世界で「停止」してしまうことが世界の経済システムに及ぼす打撃は、世界規模の経済崩壊をもたらす恐れが大きい。

「今回の風邪はほんとにひどいわ。一か八か、人類の隔離作戦をやってみましょう」
(ズーズーと鼻をすすりながら)

世界の食料総備蓄量は、すべての人間を4、5週間隔離しても食料を行き渡らせるに十分だと思われるが、そのためには事前に備蓄食料を均等に分けて梱包しておかなければならない。率直に言って、野原かどこかにひとりぽつねんと立っているところに、20日分の備蓄穀物があったとして、それをどうすればいいのか、見当もつかない。

「それで……これ食べろってか?」
(20 日分の備蓄穀物と共に野原にぽつねんと…)

世界規模の隔離を実施するにあたって、別の問題も出てくる。「われわれは実際、どれくらい遠く離れられるのだろう?」という問題だ。「世界は広い。しかし、人間は大勢いる」(実際どれくらい?)。

世界の陸地を均等に分割したなら、1人あたり2ヘクタール強の面積を割り当てるに十分だ。これだと、一番近い人間との距離は77メートルになる。

大きな咳をしたとき、77 メーター離れていれば大丈夫?

77メートルの距離があれば、ライノウイルスの伝染を阻止するにはおそらく十分だろうが、これだけ離れてしまうことには代償も伴う。世界の陸地の大部分は、5週間突っ立っていて心地いい場所ではない。サハラ砂漠*5や南極の真ん中*6に立っていなければならない人が大勢出てくるだろう。

もっと実際的なやり方(コストは必ずしも安くない)は、全員にバイオハザード防護服を配ることだ。そうすれば、みんな歩き回って交流することができるし、通常の経済活動を一部継続することもできるだろう。

「……バラしてあんたのフェースプレートに、パックみたいに置いてみる?」 「そうね」

しかし、ここは実際の運用上の問題をわきに置き、サラ自身の質問、「これで風邪がなくなるのか?」について考えよう。

答をはっきりさせるため、クイーンズランド大学のオーストラリア国立感染症研究センターのイアン・M・マッカイ教授に問い合わせてみた*7

マッカイ博士は、純粋に生物学的な観点から言って、このアイデアは実際かなり理屈にあっていると言う。ライノウイルスは、その他のRNA呼吸器系ウイルスと同じく、免疫系によって完全に体内から排除され、感染後、いつまでも体内に留まることはないそうだ。さらに、人間と動物のあいだでライノウイルスをうつしあうことはないので、人間の風邪の保存場所になるような種(しゆ)も存在しないわけだ。ライノウイルスがあいだを行き来できる人間が十分な人数いなければ、ライノウイルスは死に絶える。

孤立した集団のなかで、実際にこのようにしてウイルスが絶滅した例はいくつも存在する。スコットランドの北西沖にあるセント・キルダ群島は、何世紀にもわたって人口は100人ほどだった。群島に小船がやって来るのは年に2、3回だけだったが、小船がやってくると、スコットランド語でcnatan-na-gall、すなわち「ボート咳」という奇妙な病気が流行った。数100年にわたり、新たに小船が到着するたびに、時計仕掛けのように決まりきったパターンで、ボート咳は必ず島を席巻した。

ボート咳が流行した本当の原因はわかっていないが*8、その多くはおそらくライノウイルスによるものだろう。小船がやってくるたび、新しいウイルス株が持ち込まれる。新しいウイルス株は島を席巻し、ほとんど全員が感染する。数週間後、すべての島民がこの株に対する免疫を新たに獲得してしまい、ウイルスは行くところがなくなって絶滅してしまう。

このようにしてウイルスが排除される現象は、小さな孤立した集団ならどこでも起こりうる。たとえば、難破船の生存者のグループなどでも見られるだろう。


♪さあ、とってもとっても楽しいお話始めよう。小舟に乗って楽しい 鼻風邪治す旅~♪
(アメリカのテレビドラマ、《ギリガン君SOS》の主題歌のパロディ・ソング)

もしもすべての人間が誰からも隔離されたなら、セント・キルダ群島のケースがヒトの種全体の規模で再現されるだろう。1、2週間のうちに、人間の風邪は通常の経過をたどり、その後たっぷり時間をかけて、健全な免疫系によってウイルスは全滅させられるだろう。

残念ながら、ひとつ問題があり、それが計画のすべてを台無しにしてしまうかもしれない。「人間全員が健全な免疫系を持っているわけではない」という問題だ。

ほとんどの人間で、ライノウイルスは10日ほどで体内から完全にいなくなる。しかし、免疫系が極度に弱まっている人間ではそうはいかない。たとえば、臓器移植患者は、免疫系が人為的に抑制されており、ライノウイルスをはじめ、普通の感染症のウイルスが数週間、数カ月、場合によっては数年にわたって居座りつづける。

この、免疫系が損なわれたごく少数の人々が、ライノウイルスにとって安全な隠れ家となるだろう。ライノウイルスを撲滅できる望みは薄い。2、3の宿主があれば、瞬く間に広まって再び世界を支配するに十分なのだ。

サラの計画は、おそらく文明を崩壊させるのみならず、ライノウイルスの撲滅には失敗するだろう*9。しかし、それはかえっていいことかもしれないよ!

風邪はいやなものだが、風邪が存在しないほうがもっと悪いかもしれない。カール・ジンマーは、著書の『ウイルス・プラネット』のなかで、ライノウイルスに曝されたことのない子どもは大人になってから免疫異常になる率が高いと言っている。こういう軽い感染症が、われわれの免疫系を訓練し、調整している可能性があるわけだ。

とはいえ、風邪はほんとうにいやだ。いやな思いをするばかりか、一部の研究によれば、この手のウイルスへの感染が、われわれの免疫系を直接弱め、ほかの感染症にもかかりやすくしてしまうという。

すべて考えあわせると、私は自分が今後絶対風邪にかからないようにするために砂漠の真ん中に5週間立ったりはしない。だが、ライノウイルスのワクチンが開発されたなら、真っ先に打ってもらいに行くつもりだ。


今後絶対に風邪にかからないための、鉄壁のバリアーはあるのだろうか?
*次回の掲載は6月24日(水)の予定です。


 

まだまだ広がる科学妄想ワールド「ホワット・イフ?」は、ぜひ書籍にて!
早川書房より6月24日発売


*1 英語のウイルス、virusの複数形はvirusesが一般的だが、viriiが使われることもある。ただしあまりお勧めはしない。複数形にviraeを使うのはまったくの間違いだ。

*2 呼吸器系のうち咽頭より上の「上気道」の感染はすべて、「普通の風邪」の原因になりうる。

*3 実際には、ウイルスそのものではなくて、免疫系の反応が病気の症状を引き起こす。

*4 数学的には、これは正しいはずだ。平均が1人より少なければ、ウイルスは死滅する。また、1人より多ければ、やがて全員が常に風邪を引いている状況になる。

*5 (4億5000万人)

*6 (6億5000万人)

*7 この質問については、最初、ブログ〈Boing Boing〉の編集者、コリイ・ドクトロウ(カナダ人、SF作家でもある)に尋ねてみようとしたのだが、何度頼んでも彼は、自分はほんとうの医者ではないからだめだの一点張りで、結局断られてしまった。

*8 セント・キルダ群島の住民たちは、病気を引き起こしたのは小船だと正しく見抜いていた。しかし当時の医療関係者たちはこの主張を無視し、原因は島民たちが新しい船がやってくるのを寒いなか戸外に立って見守り、到着を祝って飲みすぎたことにあると、島民のせいにした。

*9 われわれ全員が、隔離されているあいだに食料を食べ尽くし、餓死してしまうのでなければ。そうなれば、ヒトライノウイルスはわれわれとともに死滅するだろう。

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ranko_novel 【ネタ作り】 1年以上前 replyretweetfavorite

amakawawaka 【風邪を根治する方法】 1年以上前 replyretweetfavorite

ranko_bb 【風邪を根治する方法】 1年以上前 replyretweetfavorite

matsuitter 全人類が他人に5週間会わない作戦の話。風邪が大嫌いだが勉強になった。 「 5年弱前 replyretweetfavorite