小島慶子「『わたしにはブスの気持ちがわからない』という正義」

「アイドルアナにはなれなかった」という言葉を残してTBSを去り、ラジオやエッセイ、そして39歳にしてグラビア写真集に挑戦するなど、常に話題を集めてきた小島慶子さん。そんな小島慶子さんが処女小説に込めた想いとは。第2回は、「誰も自分以外の人のことはわからない。誰も他人の身体は生きられない」というお話です。

小島慶子がいま輝いている3つの理由

自由な“生き方”!
「アイドルアナウンサーにはなれなかった」との名言を残してTBSを去った後、男性週刊誌で39歳・2児の母として異例の水着グラビアを発表したり、赤裸々な自伝を出版したり、仕事をやめた夫とオーストラリアに移住したり。自由な生き方を貫いています!

切れ味の鋭い話術!
局アナとして活躍中から、テレビ以上にラジオや生のイベントなどで光るトーク力は、切れ味が鋭いと評判。それは彼女自身が覚悟をもって自分をさらけ出し、対話することに情熱をかけているから!

初小説は振り切ったエンタメ!
小説『わたしの神様』は、各界から絶賛されているエンタメ小説。女子アナだった自身の経験と、観察力を活かして得た知見を潔く、おしみなく盛り込んでいるから、単におもしろいだけじゃない、刺さる小説になっています。

誰も人の人生は生きられない

— 小島さんはなにかにつけて葛藤されている印象があります。

小島慶子(以下、小島) ああ、そうかなあ。

— 選ばれし全国ネットのテレビ局の女子アナになっても、「アイドルアナにはなれなかった」と葛藤していたり、エリート人生の才女で美女でありながら、ブランド信仰を嫌っていたり。でも、そこがおもしろいし、興味深いところなのかなと。

小島 なるほど(笑)。

— テレビやラジオではなく、小説だからこそ表せたことってありますか?

小島 そうですね。テレビやラジオでも言いたいけど、うまく言えないってことはありましたし。小説を書いて初めて、言語化できた想いはありますね。

— そうですよね。

小島 たとえば、前回お話しした、女性はみな多かれ少なかれ、コスプレすることを求められるという話。これって、“見る人と見られる人の欲望のやりとり”の話なんです。だけど、だからといって、見る人と見られる人は、対極にいるわけじゃないと思っています。小説の中でもそういう思いを書いていて……。つまり、「私とあなたは変わらない」ってことが言いたかったんです。

— 変わらないというと?

小島 小説の冒頭、マナミが「わたしにはブスの気持ちがわからない」って言いますけど、実は同じ意味なんです。マナミはああいう表現しかできない子ですけど、あれは、マナミなりの正義です。

— 正義ですか。

小島 「私は美人だけど、心が優しいからブスの気持ちも分かるわ」とは言わない、まなみなりのフェアネスとも言えます。私自身が抱いてきた「私とあなたは変わらない」という気持ちは、「誰も自分以外の人のことはわからない。誰も他人の身体は生きられない」ということ。  
 私たちは、他人の喜びや痛みを分ったつもりになることがあるけれど、本当のところは、ちっともわからないんだと思う。だから、私があなたのことをわからないように、あなたにも私のことはわからない。その「誰のことも理解なんてできないのだという不安の中にある」ことにおいて“私とあなたは同じだ”ってずっと思ってきたし、それは、小説の中で書きたかったことなんだと思う。

— なるほど。

小島 誰も自分以外の人の真実はわからないはずなのに、わかったような気で見て批判するじゃないですか。「人は自分の見たいように他人を見て、聞きたいようにモノを聞く」ものなんだと思います。私だって同じです。視聴者としてテレビを観ている時は、タレントさんに好き勝手なこと言いますもん(笑)。

— (笑)。

小島 でも、そのタレントさんとスタジオでご一緒してみると、全然違う人間関係が生まれるわけですよ。視聴者として出演者を観ている時と、同じ仕事仲間として生身の人間同士になった時って、まったく別物なんですよね。つまり、私が視聴者としてどのようにその人を観ていたかっていうことと、生身の人間関係って、まったく影響し合わないほど別なものだから。

— そうですよね。

小島 でもあの時、テレビの前では、そのタレントさんを「真面目なひと」とか「下品なひと」とか、そういう風に見たほうが私の世界が安定するからそうしたんだろうなと。  
 一方、仕事の現場では、そんな見方に意味はなくて、共演者としての関係を結んだほうが安定する。同じ人でもどう出会うかによって、見方も関係も変わる。そして、人は自分の心や世界を安定させるために、自分の見たいように他の人を見て、聞きたいように話を聞いている。

— 自分の身を守るために、自分なりの偏見を持って人を見る。

小島 はい。「美人は性格悪い」って思いこんでいる人は、美人が性格悪くなかったら世界が安定しないから、そう見るんですよ。逆に「ブスは性格悪い」って思わないと安定しない人もいるだろうし。別に悪いことじゃない。そうやってみんな自分を守りながら、ままならない現実を生きていくんだから。

— 現実を現実のままとらえるって難しいということですよね。

小島 特にその現実が自分ではどうにもならないもの……自分の容姿へのコンプレックスとか、家族関係の苦しみだったりすると、それをどう見るか捕らえるかを自分なりに工夫して生き延びるしかないですよね。自分なりの偏見—“歪み”のレンズを装着して、物事を見ることで、苦しみを迂回するしかない。
 小説の登場人物たちも、みんな自分なりの歪みのレンズを通して物事や人を見ることで、自分を守っているんです。たぶん、そういうことって誰にでもあるんじゃないかな?

— 無意識に歪んだ見方をしているとは思います。

小島 “歪み”って、別にネガティブな変形だけを指すのではないんですよ。親子関係とか恋人関係のように身近な関係だと、なおさらそう。関係や相手を歪めて見ること、つまり特別な意味づけをすることで安定しますよね。でも、生きていればお互いに変わってしまうから、その歪んだ見方に縛られてしまうと、いつのまにか窮屈になって、自分を追い詰めてしまう。そうしたら2人の関係を安定させる、また別な見方を探さなきゃならない。たぶん、それも歪んでいるんですけど(笑)。
 自分の成長や欲望の変化にともなって、歪みから歪みへと引っ越していく— 私の人生はコレの繰り返しだったなと思います。

母とわたしの関係は、歪んだ信仰であり呪縛だった

— 小島さん自身の人生には、どんな“歪み”の変遷があったんです?

小島 いちばんわかりやすい歪みは、母との関係ですね。子供は生まれた瞬間から、目の前にいる女性を“母”という生き物だと思っていますよね。そうでないと生き残れませんから。実はその時点でかなり歪んだ見方をしている。母親を、多面性を持った1人の人間とはとらえていないということですから。

— なるほど。

小島 最初から“母親”という強力な歪みのレンズ越しに見ているからこそ、母子関係には強い愛着が形成されるわけです。でも、成長するに従って、母親が子供の欲求に答えなかったり、子供の人生に踏み込み過ぎたりすると、子供は苦しくなって行く。苦しいけれど、母親への歪んだ信仰と強い愛着があるから全力で関わり続けて、心が病んだり、自我が崩壊してしまうことがある。
 これは『解縛:しんどい親から自由になる』という本でくわしく書いたんですけど、大人になって不安障害という精神疾患を発症した私の場合はそうでした。私がママと呼んでいた人は、1人の人間、女性であり、“○○さん”だったと発見するまでに30年以上もかかった。

— 小島さんがそこに気づけたキッカケは?

小島 自分が子供を産んだことが大きいですね。自分も母という立場になって子育てをする最中、「あの人のあの時の態度はやっぱりヒドイ! 許せない!」っていう、怒りがぶわっと噴き出てきたんです(笑)。

— ああ。

小島 つまりですね、自分も親という同等の立場になった時、「あれ? 私は子供に対してこうしたいと思う。それなのに、母は私にあのような態度であったのか」という批判の視点を獲得したんです。圧力なべのフタが飛んだみたいに、閉じていた部分の心が開いた。

— ちょっと聞いているだけで、きつい感じがしますが、それが気づくきっかけになるものですか?

小島 ええ、怒りが出た後、「私は何が苦しかったんだろう?」「母親はどうしてあんな態度だったんだろう?」「彼女は人生に何を求めたのか?」と考える段階に入って……。
 わたしの場合、母に自分の人生にこれ以上踏み込まれるのが嫌で、長いこと会わなかった時期があったんです。

— そうなんですね。どのぐらい会ってなかったんですか?

小島 7年間です。だけど、思い切って会いに行ったんです。彼女のマンションの玄関でチャイムを押したら出て来た母は、変なハイテンションになっていて、いきなり「元気だったぁ〜?」って私のこと人差指で「ツンッ!」て弾いたんですよ!

— すごいテンション(笑)。

小島 その瞬間、「やっぱり、この人嫌い~!!」 って叫び出しそうになったけど、きっと、母も緊張していて、どう接していいかわからなかったんでしょうね。

— そうですよね。

小島 母も自分のことが理由で娘が精神疾患になったことを知っていたんです。悪意ではなく、愛情表現のつもりだったことが、娘を追い詰めていた。彼女自身も母であることの不安と孤独の中で立ちすくんでいるんだなって気づいた時、彼女のことが12歳くらいの少女に見えたんです。その時、母に対する“歪みのレンズ”が外れたんだと思います。

— お二人にとって歴史的な瞬間ですね。

小島 でも、母を1人の女性、別の人間だと捉えようとすることも、また新たな歪みですよ。母娘っていう自明の関係を歪めることで、自分を安定させているわけですから。

— それが“歪み”の引っ越しなんですね。

小島 はい。冷静に考えれば、母とはたとえクラスメートだったとしても友だちにはなれないと思う。人として相性が良いわけじゃないけれど、母娘になったからこそ、深いところで何かを共有している。わかち合えるものはある。人間には相性と適正距離があるし、心と物理の距離は違う。だから、すべての人に好かれなくていいし、無理に仲良くしなくていい。出会い方は選べなくても、遠くで労り合うことは出来るのかもしれない。それも母が教えてくれたことかなと思います。


さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』で続いています。
「私に大きなおっぱいがあったら、どんなに人生が楽しかっただろう。」
ぜひこちらからお楽しみください。

小島慶子(こじま・けいこ)

1972年オーストラリア生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。アナウンサーとしてテレビ・ラジオに出演。1999年第36回ギャラクシーDJパーソナリティ賞を受賞。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に『女たちの武装解除』 『解縛(げばく)〜しんどい親から自由になる』などがある。

構成:芳麗 撮影:加藤麻希


描かれることのなかった“女子アナ”たちの強烈な嫉妬と執着と野心に、ページをめくる手が止まらない。一気読み必至の極上エンタメ小説。好評発売中です!

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いま輝いているひと。

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あの人は、どうして輝いているのか。いま目が離せないあの人に、たっぷりお話を伺います。

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コメント

pigchin 母親ってやっぱり女性にとって特に強い印象なのかな。 約4年前 replyretweetfavorite

ichiyou_180 やっぱりこの方の小説読んでみたい 約4年前 replyretweetfavorite

namechaaaaaan >「美人は性格悪い」って思いこんでいる人は、美人が性格悪くなかったら世界が安定しないからそう見るんですよ。逆に「ブスは性格悪い」って思わないと安定しない人もいるだろうし。 → 約4年前 replyretweetfavorite

kartofeli 「私があなたのことをわからないように、あなたにも私のことはわからない。その「誰のことも理解なんてできないのだという不安の中にある」ことにおいて“私とあなたは同じだ”ってずっと思ってきた」https://t.co/1krGMIr0kl 約4年前 replyretweetfavorite