星の王子さまの星は快適に住めるか?

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書籍化され、現在世界で総部数100万部を超えるベストセラーとなった科学妄想ワールドから選りすぐりの6篇をcakesでお届けします!

Q.

もしも、ものすごく小さいけれど、めちゃめちゃ重い小惑星があったら、ほんとうに星の王子さまのように、そこに住めるのでしょうか? —サマンサ・ハーパー


A.

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』は、遠い小惑星からやってきた少年の物語だ。読みやすくて、 悲しく心に突き刺さる物語で、強く印象に残る*1。表向きは子ども向けの本だが、ほんとうはどんな読者を対象に書かれたのか、判断のつきかねる作品だ。いずれにせよ、この本は間違いなくある種の読者を獲得し、史上最大のベストセラーのひとつになっている。

『星の王子さま』が書かれたのは1942年だ。この年に小惑星のことを書いた人がいたというのは面白い。というのも、1942年には小惑星が実際にどんな形をしている・・・・・・かなどまったくわからなかったからだ。当時最高の望遠鏡を使っても、最大の小惑星がやっとこさ光の点として見えるだけだった。じつのところ、英語で小惑星を意味する「アステロイド」という言葉は、「恒星のようなもの」というギリシア語から作られたのだが、それは、まるで恒星のような小さな光の点に見えることに由来していた。

小惑星がどんな形をしているかが初めて確認されたのは1971年、マリナー9号が火星に到着した際に、火星の衛星、フォボスとダイモスの写真を撮影したときのことだ。フォボスとダイモスは、元々は小惑星だったものが火星の引力に捉えられ、その周囲を回転する衛星となったのだと考えられている。

SFでは、1970年代になるまでは、小さな小惑星は丸くて惑星のようなものとほぼ決まっていた。

『星の王子さま』はこれをもう一歩押し進めて、ひとつの小惑星を、重力と大気と1輪のバラがある小さな惑星として描いたのだ。これが科学的にどうかという批判をここでしても仕方がない。なぜなら、(1)『星の王子さま』は小惑星がメインテーマの物語ではないし、(2)大人が何でも言葉通りに見てしまうことの愚かさを突く文章が冒頭にあるので。

『星の王子さま』を科学的に見て、おかしなところをあげつらい、せっかくの物語を台無しにするよりも、科学を使えばどんな摩訶不思議な場面をこの物語に新たに加えられるかを見ていこう。小惑星の表面に立って歩けるにはそれだけの強い重力が必要で、そのためにはその小惑星は超高密度でむちゃくちゃ重くなければならない。ほんとうにそんな小惑星があったなら、それはびっくりするような特徴をいろいろと持っているはずだ。

その小惑星が半径1.75メートルだったとすると、表面での重力が地球と同じぐらいになるためには、質量は約5億トンでなければならない。地球上に存在するすべての人間を足し合わせた質量とほぼ同じだ。

さて、この小惑星の表面にあなたが立ったとしよう。あなたは潮汐力を感じるはずだ。足のほうが頭より重くなって、少し縦方向に引き伸ばされるような感じがするだろう。ぐにゃっと曲げられたゴムボールの上に手足を伸ばした格好ではりつけ にされたような、あるいは、頭を回転軸のほうに向けた状態で横になってメリーゴーラウンドに乗っているような感覚だ。

表面での脱出速度(天体の表面から発射された物体がその重力を振り切り、再びその天体に戻らないために必要な最小発射速度)は秒速約5メートルだ。全力疾走よりは遅いが、それでも結構な速さだ。大雑把に言って、この小惑星上でバスケットボールをダンクシュートできなければ、ジャンプしてこの小惑星から脱出するのは無理だろう。

しかし、脱出速度には奇妙な性質がある。それは、その物体がどの方向に向かって進んでいるのかにはまったく関係ないということだ。*2 脱出速度を超える速さで動くなら、あなたが実際にこの小惑星に向かって進むのでないかぎり、あなたは脱出することができる。つまり、水平に走って、次の図のような傾斜台の端で飛び出せば、この小惑星から脱出できるというわけだ。

このとき、脱出できるほどの速さで走れていなければ、小惑星の周囲を回転する軌道に入ることになる。軌道速度は秒速約3メートルで、ジョギングぐらいの速さだ。

だがこの軌道は、ちょっと変わっている・・・・・・

それは、潮汐力がいくつかのかたちで影響を及ぼすからだ。あなたが腕を小惑星に向かって下へ伸ばすと、その腕は、体のほかの部分よりも強く引かれる。そして、片手が小惑星の表面に届くと、体のほかの部分は上に押し上げられ、より弱い重力しか感じなくなる。要するに、体のあらゆる部分が、別々の軌道を進もうとするわけだ。

このような潮汐力のもとで軌道上を周回している大きな物体(たとえば衛星)は、いくつかの輪に分裂する傾向がある。*3 あなたはそんな目には遭わないだろうが、あなたの軌道はカオス的で不安定になるだろう。

このようなタイプの軌道は、ラドゥ・D・ルゲスクとダニエル・モータリがある論文のなかで検討している。彼らのシミュレーションによれば、複数の大きくて細長い物体は、小惑星などの中心天体の周りを奇妙な経路に沿って巡る。それら細長い物体の重心も、普通の楕円軌道は進まない。五角形の軌道を進むものもあれば、カオス的に宙返りして、小惑星に墜落するものもある。

このような解析は、実際に応用できる可能性がある。ここ数年、ぐるぐる回転するテザーを、固定させずにふわふわ浮かばせた宇宙エレベータとして使い、重力井戸(天体が周辺に作る重力場の形を井戸にたとえている。中心にある天体が井戸の底にあるというイメージ)から貨物を出し入れする方法が検討されている。このようなテザーがあれば、月面とのあいだで貨物を輸送したり、地球の大気圏の端から宇宙船を回収したりできるかもしれない。テザーの軌道の多くは本質的に不安定なので、今のところこのようなプロジェクトの実現は難しい。

ところで、私たちが思い描いている超高密度小惑星の住人たちには、気をつけないといけないことがある。あまり速く走りすぎると、小惑星周回軌道に入ってしまう重大な危険がある。そんなことになれば、宙返りして飛んでいってしまい、お昼ご飯を食べ損ねてしまう。

さいわい、垂直なジャンプは大丈夫だ。

*次回の掲載は7月15日(水)の予定です。



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*1 ただし、誰もがそう考えるわけではない。マロリー・オートバーグは〈ザ・トースト〉というブログ(the-toast.net)で『星の王子さま』の話を、飛行機事故の生存者に絵を描けとせがんだくせに、描き方について文句を付けている金持ちの 坊ちゃんの物語と評している。

*2  ……したがって、ほんとうは、「脱出速さ」と呼ぶべきだ(つまり、向きはないのが「速さ」で、向きがあるのが「速度」なので)。向きはどちらでもよいことが、ここでは思いがけず重要になる。

*3  ソニック・ザ・ヘッジホッグもこのような目に遭ったと思われる。

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