薬丸岳 後編「自分にもし武器があるとすれば『無知』ではないか」

「社会派」のミステリー作家として知られる薬丸岳さんが、このたび『誓約』を上梓しました。エンターテイメント性を意識したという本作では、かつて志したこともあるというバーテンダーが主人公。薬丸さんは、どうして小説家という道を選んだのか、どこからずしりと重いテーマを見つけてくるのか、薬丸さんが物語をつくる原動力について明かします。

誓約
『誓約』薬丸岳
あらすじ:知人とバーを共同経営し、妻子もいる向井には、封印してきた過去があった。舞い込んだ一通の手紙によって過去は甦ってしまい、向井はそれに対峙せざるを得なくなる。過去とつながる人物を追う立場でありつつ、同時に追われる立場でもあるという、奇妙な境遇に置かれた向井は、懊悩しながら奔走する—。

テーマ性より物語のおもしろさ・スピード感を重視したのが『誓約』とのこと。それでも、「一度罪を犯したら、人はやり直すことはできないのだろうか」との大きくて明確なテーマは含まれていますね。作品全体を覆うずしりと重いテーマは、毎作ごとに、どこから見つけてくるのですか。

 特別な情報を持っていたりするということは、まったくありません。日ごろ報道されているニュースなんかを見て、そこから発想することが多いですよ。警察のこと、法律のことをテーマに据えたりしているとはいえ、そうした分野に特別くわしいわけでもないし。いわば、テレビのワイドショーをお茶の間で観ている感覚で、テーマを選び書いています。「えっ、なんで子どもが何かを犯すと大人より罪が軽くなるわけ?」というような。

 これって、なぜだろう。そういう素朴な疑問から入って、調べて書いていくというパターンですね。

少年犯罪もそうですし、『ハードラック』では主人公が派遣切りに遭ったりと、いつも旬の社会問題を取り上げていらっしゃるので、よほど太い情報源をお持ちなのかと推測していましたが。

 いえ、まったく。お茶の間でワイドショーを観るレベルです(笑)。自分にもし、武器があるとすれば、「無知」ではないかと。

 たとえば、実際に弁護士をしている人が弁護士モノの小説を書くとなると、いろんなことをわかっているがゆえ、「こんなことはあり得ない」「実際はこのあたりで落ち着くだろう」という制約を自分でつくってしまいそうです。無知であればこそ、「なんでこうなの?」と、素朴で純粋な問いかけができる。

 たとえ死刑が確定しても、20年も執行されないことがあるというのは、知らない者からすれば不思議でしょうがない。けれどこれ、事情やルールを知っている人だったら、論理的な答えが用意できるのでしょう。そこからは素朴な疑問は湧いてこない。知らないからこそ、問いを発し、答えを探して書き進んでいけるという面もあるとおもいます。

読者の側からしても、そうした真摯な問いかけと、答えを探してさ迷う様子こそ読みたいとおもいます。「ああ、その答えは、法律上ではこうなっています」と返されても、知識は入ってくるかもしれませんが、心情的に納得することにはつながりませんし、だいいちあまりおもしろくない。

 ものごとの答えなんて、そんな簡単に出ませんよね。作品を書くごとに何か大きなテーマを考えて、答えに向って進んだつもりなのに、自分でも完全に納得できることなどまずありません。身も蓋もない言い方をしてしまえば、答えなんて出ないんだろうともおもいます。ただ、そうおもいつつも、なんとか見つけられないかともがき考える、その過程が重要なのでしょうね。考える過程が登場人物を造形し、心情を生み出していく。

 どうせ答えなんて出ないから、とあきらめながら書いてしまうと、小説を完成させるほどの熱量には達しないんじゃないですかね。ああでもない、こうでもない、こんなときはどうするのだろう、そうずっと考えていることこそが、登場人物の心情や行動になっていきます。

一編の小説を成立させるほど強く答えを求め、知りたいとおもう原動力はどこにあるんでしょうか。

 犯罪小説を書きはじめた最も大きな動機は、怒りだとおもいます。犯罪や、司法などそれを取り巻くしくみに対する、怒り。そこには、納得できない理不尽さがたくさんある。実際、犯罪被害者の家族は、ニュースで話題になっている時期を過ぎたあと、どんなやりきれないおもいを抱えて日々を送っていることか。想像するだけで胸が痛くなります。

 僕が書くのはあくまでもフィクションでしかありませんが、そのフィクションのなかでは、自分が憎むべき犯罪にはちゃんと報いがあるんだとか、被害者や関係者はすこしでも癒されるべきだという部分を、しっかり書いていきたい。

『誓約』では冒頭がバーのシーンではじまり、主人公の職業もバーの経営者ですね。バーという場が、ひじょうにリアルかつ効果的に使われている印象です。これはご自分の体験から?

 そうですね。お酒が大好きで、毎晩のようにバーに飲みに行っていますから。20代のころには3年弱、バーテンダーをしていたこともあります。ずっとこの世界でやりたいとおもうほど、魅力を感じていた時期もありました。バーテンダーとは究極のサービス業だとおもいますし、心からリスペクトしています。僕の作品にはだから、バーのシーンがよく出てくる。いちどはちゃんと、バーテンダーを主人公にした作品をつくりたいとずっと考えていて、今回それを実現させたのです。

バーテンダーのほかにも、若き日にはいくつか志した道がおありだったとか。小説家へと進む方向が定まっていった経緯は?

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山内宏泰

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reading_photo 【News更新】cakes連載「文學者の肖像: 2年以上前 replyretweetfavorite

kay_aya 無知という武器。| 2年以上前 replyretweetfavorite