薬丸岳 前編「一人称のほうがジリジリ八方ふさがりになっていく感じ」

人はやり直すことができるのか。作家・薬丸岳さんが、二転三転するサスペンス『誓約』を上梓しました。少年法を扱った「天使のナイフ」で江戸川乱歩賞を受賞し、その後もずしりと重いテーマを軸に作品を発表し続け、「社会派」ミステリー作家として知られる薬丸さん。この作品では、すこし軸足をかえて、自身初の一人称に挑戦したといいます。デビュー10周年を迎え、どのような心境で作品世界に向かい合っているのかお話を伺いました。

少年犯罪の犠牲になって家族を失った人物は、その後に何をおもい、どんな心境で生きているのか。事件における「渦中の人」の内面に迫ったデビュー作『天使のナイフ』から10年。

時事的な社会問題に鋭く斬り込む小説を生み出し続けてきた作家がこのたび刊行したのは、かつて犯罪者だった人物を主人公に据えた『誓約』なる作品だった。

誓約
『誓約』薬丸岳
あらすじ:知人とバーを共同経営し、妻子もいる向井には、封印してきた過去があった。舞い込んだ一通の手紙によって過去は甦ってしまい、向井はそれに対峙せざるを得なくなる。過去とつながる人物を追う立場でありつつ、同時に追われる立場でもあるという、奇妙な境遇に置かれた向井は、懊悩しながら奔走する—。

罪を犯した人間は、やり直すことができるのか否か。真の贖罪は、可能なのかどうか。

そんな重い問いかけを含みながらも、小説としてはすぐにその世界へ没入して、一気に読みたくなるスピード感と軽やかさが保たれている。テーマの重さと、読み心地の軽さ。これを両立させて、極上のミステリーに仕立てるのが薬丸流である。今作とこれまでの数々の作品、いかにして生まれてきたのか。

新作の『誓約』は、人物も場所もかなり入り乱れ、複雑に絡み合い、しかも「罪は償いやり直すことができるのか」というずしりとしたテーマも含みます。それなのに、内容が読み進むほどすんなりと頭に入ってくる。これはいったい、どういうしかけになっているのでしょう。

 どの作品でもそうですが、僕は読みやすさということを、かなり意識しているほうだとおもいます。数ある娯楽のうちでも小説は、受け手がかなり労力を強いられるジャンルですよね。たとえば映画なら、映像をただ観ていればいいのに、小説は能動的にみずから読み進めていかなければいけない。お金を払って買ってもらったうえに、忍耐を課すようなところがあるわけです(笑)。

 だからこそ、おもしろいものにあたったときの感動は、ほかに代えがたい大きなものになるのでしょうけど。でも、基本的には忍耐を強いているのだという意識があるので、読み手にできるだけよけいなストレスをかけないようにと常々おもっています。

 とくにぼくの作品は、法律用語のような難しい要素がけっこう入ってくる。だから、それ以外の部分はとにかく読みやすく、一気に読めるようにしたいんですね。先へ先へと、興味を持ち続けてもらえるような書き方を心がけています。『誓約』では、いつにもましてエンターテインメントであろうと強く意識しました。テーマ性よりも、物語としてのおもしろさを追求したつもりです。

今作でとくにエンターテインメント性を意識したのはなぜだったのでしょう。扱うテーマと関係するのですか?

 この作品は3年ほど前に連載をスタートさせましたが、そのころ僕は「社会派」の作家と言われることが多かったんですね。それはたしかに、犯罪の被害者・加害者について多く書いたりしていますから、そういう見られ方をするのは当然ですし、もちろんイヤではないのですが。ただ、ちょっと違うことをやってみたいなという気も、すこししていました。

 それにこれまでは、大きな自分のなかでの問題や関心事、たとえば犯罪被害者の心境だったりするわけですが、それに対して何らかの答えを得たいとおもってひとつの作品を書いていました。答えに向けて、突き詰めていくというのが僕のやり方になっていたのです。それはそれでいいのだけれど、そうしていると物語を軽やかに動かすのはむずかしくなってくる。もうすこし、物語のおもしろさとか躍動感を優先してつくってみたい。そんなおもいが高まっていったということですね。

おもしろい物語をつくりたい、という純粋なおもいが結晶したうえでの作品なのですね。

 ええ。僕はもともと映画が好きなので、良質なサスペンス映画をちょっと意識したつくりだったりもします。ほかにも個人的なチャレンジが今回はありまして。長編小説ではじめて、一人称・単一視点で書いた作品になりました。

一人称で長編を書こうとしたのは、どのような効果をねらってのことですか?

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文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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