子供の頃、最も怖かったものは暴走族だった。
実家のある街は田舎だったので、夜中にしばしば家の前を、暴走族のバイクがブンブン言わせながら通り過ぎていった。雷のように威圧的な爆音が本当に苦手だった。道路に面しているうちの庭に、暴走族が大挙して押し入って来て、勝手に集会を始めるという悪夢も何度も見た。
あるとき、気まぐれに夜道を散歩していた私の耳に、どこからともなくブンブンという例の低音が聴こえてきて、またあいつらか、と身構えた。こんな人気のない暗がりで、間違っても暴走族に遭遇してはならない。焦りから足を早めたが、暴走族だと思った音、実は田んぼを住みかとするウシガエルの群れの鳴き声だった。あいつらもまた暴走族と同じように、夜中に人間様の迷惑を顧みず、爆音でブンブンと威圧的に鳴くのである。それ以来私はウシガエルも怖い。
しかし暴走族もウシガエルも、人生の中で出会った怖いものレベルで言えばまだ序の口である。我が人生最大の「怖い」は19歳の頃。長男を出産してから数ヶ月後に、突如としてやってきた。新生児と呼ばれる時期を無事通り過ぎ、検診では保健師さんに「たくさんお外に連れ出してあげてくださいね」なんて声をかけられる。よし、これから我が子は社会という大海原で、少しずつその羽根を羽ばたかせていくのだ……という思いとは裏腹に、私は一時的に、とにかく世の中のあらゆるものが、怖くて怖くて仕方なくなってしまったのである。