ノンフィクションを読まない24歳Web編集者がノンフィクション・メディアの未来について考えてみた

講談社のノンフィクション雑誌『G2』Vol.019に収録のコラムのなかから、cakes読者へ特別に佐藤慶一氏の「ヘイトな馬鹿に鉄槌を」を一部公開します

『月刊現代』の後継として2009年に創刊されたノンフィクション雑誌『G2』は、今号(19号)を最後に休刊となる。休刊の理由はさまざまだが、膨大な手間暇とコストがかかるノンフィクションは、現代にマッチしていないビジネスモデルであるということもその要因だ。しかし、これからのノンフィクション・メディアはどのような形であるべきか?という問いに対しても、いまだ答えは見つかっていない。

この難しい問いの答えは、狭いノンフィクション業界の中からではなく、ある日まったく別の世界から沸き起こってくるのだと思う。そこで『G2』最終号の型破り企画として「ノンフィクションは読まない」けど「Webに詳しい」編集者に自由に書いてもらった。


第19号(2015年5月22日発売)をもって休刊となる『G2』(ジーツー)

「ノンフィクションって、やっぱりこれからは紙からウェブに移行しなくちゃダメなの?それともこのまま紙媒体で生き残る方法はあるの?」

そんな言葉を聞いたのは3月上旬のことだった。場所は講談社22階の学芸図書出版部、発言の主は、この『G2』第19号を1号だけ編集人を務める青木肇だ。

1966年12月創刊、2009年1月号まで続いた『月刊現代』の後継誌として生まれた『G2』は、19号目となる今号、2015年5月号で休刊する。『月刊現代』は最盛期に36万部以上の発行部数を記録した時代もあったそうだが、2000年代に入ると漸減し、8万部あたりで休刊となった。現在の『G2』は発行部数6000部、実売は3000部ほどだという。休刊に際して、冒頭の大きな問いの答えを求められてこの原稿を書いている。

私は1990年生まれの編集者である。講談社のWebメディア「現代ビジネス」編集部に所属しながら、国内外のメディアの最新動向を追うブログ「メディアの輪郭」を更新している。青木はなぜノンフィクションの世界などまったく知らない私に原稿を依頼したのか。そのときのやりとりはおおよそ次のようなものだった。

青木 「今回、『ノンフィクションの未来』というテーマで原稿書いてくれない?」

 「え、私、ノンフィクションについて何も知らないんですけど大丈夫ですか?」

青木 「いや、君は海外のメディア事情に詳しいし、Webメディアの編集者でしょ?未来のノンフィクションの姿は、たぶん君のような、海外のメディア事情やネットに強い人に語ってもらったほうが、いろいろ面白いアイデアが出てくると思うんだよね」

 「う~ん、ノンフィクションは時代についていけてないなぁという印象はなんとなく持っていますけど」

青木 「いきなり厳しいね。でも、何でも好きなことを書いてほしい。『月刊現代』や『G2』のようなノンフィクション雑誌(ノンフィクション・メディア)は、紙媒体としてもまだまだ活動の余地があるのか? あるいはWebの世界で、これまでとは違った形で成立していくのか? はたまた消滅せざるを得ないのか? そのあたりをテーマにして、君なりの答えを出してほしい。もちろん君が出した答えに全面的に賛同することはできないかもしれないけどね。でも、議論は少しぐらい過激なほうが面白いじゃない? 雑誌の役割ってそういうものだと思うし」

なんとなくノンフィクションの課題は頭に浮かぶが、自分はそもそも「ノンフィクション誌」について何も知らないため、指摘の精度が下がってしまいそうだ。そこでまずは青木にノンフィクションの世界や現状についてヒアリングする機会をもらった。

「Webメディアやリトルプレス(個人や少人数のグループが、企画・製作・販売を行う小冊子)が好調だという話を聞くたびに焦りを感じるんだよね」と青木は言う。実際、多くの人に読まれるニュース系のWebメディアが次々生まれる一方、小さいながらも濃いコミュニティに刺さるようなノンフィクション系のリトルプレスも目立つ。

私が好きなところでは、エッジの利いたテーマについて取材対象から直接見聞きしたことを深く描写していく『SPECTATOR』という雑誌は2万~3万部売れているというし、山と溪谷社の編集者だった若菜晃子さんがつくる『murren』も手に取る知り合いが多い。

他方、『G2』は実売3000部ということだから、ビジネスモデルとして成立していないことは明らかだ。青木は「事実をしっかり調べて書くためのコストはものすごくかかる」と言う。フィクションとは違い、事実の検証を地道に重ねていくことにかかる時間や費用は、Web編集者の私からすると想像するのがなかなか難しい。青木によれば、原稿料や取材費、出張費などをすべて足した『G2』1号当たりの編集経費はおよそ600万~700万円。これに印刷代や紙代などの製作コストがさらに上乗せされる。

前号までの『G2』は1冊1200円(今号は900円だが)だから、仮に6000部売れたとしても720万円。「採算度外視すぎるのではないか」と思っていたら、「雑誌単体ではなく、雑誌から生まれた作品を単行本化することで売り上げをはかる」というモデルを想定しているようだ。ともあれ、多大な手間暇とコストをかけているが、その割に雑誌は売れていない。(出版社が出す)ノンフィクション(誌)の限界が少し見えた気がする。

2009年9月5日。黒と金の2色を表紙に使った『G2』創刊号が発売された日。発行部数は3万部。紀伊國屋書店新宿本店が大量に平積みし、紀伊國屋ホールでは創刊イベントも開催、新聞広告も大きく打った。だが数字は伸びず、3ヵ月後に出た第2号は1万5000部。雑誌単体では一貫して黒字になることはなかった。掲載記事からの単行本化としては、古市憲寿著『絶望の国の幸福な若者たち』や『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(山中伸弥・緑慎也共著)などが話題になり、ベストセラーになっている。安田浩一著『ネットと愛国』のように、時代を鋭く切り取ったと評価される本も『G2』から生まれた。

それにしても「雑誌から単行本につなげる」という考え方はわかるが、実際にベストセラーとなった単行本は一部だ。やはりビジネスモデルとしては厳しいと言えるだろう。

先述の『月刊現代』に加え、『論座』(朝日新聞出版)、『諸君!』(文藝春秋)といったノンフィクション・オピニオン誌が相次いで休刊したのが2008~2009年。ノンフィクション誌は出版不況という風当たりの強さ、そしてネットでの情報消費のスピードの早さに打ち勝つことができなかったのかもしれない。

だが、そもそも、ノンフィクション誌は読者が本当に読みたいものを提供できていたのだろうか。

「こんなことを言うと、いろんなところから怒られるかもしれないけどね」と青木は前置きした上で次のように話した。

「ノンフィクションって書き手と編集者の数がすごく少なくて、業界そのものが小さなムラみたいになっている。そんな状況の中で、僕らが『読者の読みたいものをつくる』という視点で考えていたのかと言われればそれはちょっと違うような……いやこれは自戒を込めて言っているのだけど」

いくら書き手が「これを書きたい」「伝えたい」と思っても、読者にとってみれば、それが自分の知りたいことでなければどうでもいいと思うだろう。それは致命的な点でもある。Webメディアやスマートフォン(スマホ)のアプリケーションと違って、紙媒体では「読者ハガキ」ぐらいしかデータを取得する手段がないから、編集者個人の勘とか経験からくる予測のようなものをもとにつくるしかない。

ノンフィクション誌は「人通りのないところに構えた高級レストラン」

いま、ノンフィクション誌の企画・編集に求められるものはなんだろうか。

青木は「昔も今もコンテンツをつくるのに必要なスキルは変わらないはず」と前置きしながらも、ノンフィクションであろうとなかろうと、コンテンツの見せ方や新しい読者との接点づくりは重要になってくると捉えている。ただし、『G2』では、こういったところにまで意識が十分に行き届いていなかったというから、逆に考えれば、これからのノンフィクションにとっては必要事項になるのかもしれない。

たとえば、利用者が急増するスマホでの展開はどうか。日本におけるスマホ所有率は60%を超え、2014年12月時点で、スマホ利用者の92%(4243万人)がソーシャルネットワークサービス(SNS)を利用していることが明らかになっている。たとえば、140字以内のつぶやきを投稿するツイッターや、友達とつながることができるフェイスブック、写真・動画を投稿するインスタグラムなど、さまざまなSNSを利用している人が多い。

印象論ではあるが、まだノンフィクションはそれぞれのSNSに対してフィットするあり方を見つけることができていない。いや、誰もトライしていないと言うほうが正しいかもしれない。すでに多くの利用者を抱えているプラットフォームのなかで、ジャーナリストや編集者らがノンフィクションの生きる場所を探すことは急務のひとつだと思う。

こうした状況が意味するのは、極端に言えば、「筆者と編集者が情熱を注ぎ、矜持を持ってノンフィクションを手がけたとしても、それを読者に『伝える』『伝わる』という以前に、『届いていない』」という現実だ。昨今のWebメディアが人通りの多い場所で手頃な食事を提供している大衆食堂とすれば、ノンフィクション誌は人通りのまったくないところに構えた高級レストランのようである。

具体的な姿勢の違いを挙げるとすると、Webメディアの基本としては「読者目線」が徹底している。つまり、媒体が情報を届けたい対象読者の求めているものを、読者がいるところへ届けるということだ。このとき、コンテンツを出す場所やタイミングが非常に重要となる。「伝えたいことが伝えたい人に届くこと」がベストだとすると、伝えたい人が多くいるところにコンテンツを届けるための工夫やスキルや考え方が求められる。要するに、コンテンツをつくるだけでなく、どこにいつ流すかまで意識しなければならないのだ。

Webメディアは読者からの反応を即座に知ることが可能で、直接的だ。分析ツールやSNSを見れば、記事が読まれていることも、読まれていないことも顕著に分かる。記事の補足や満足した点がコメントされることも多々ある。Webにおいては、著者・媒体本位のコンテンツは読まれないし、届かない。なぜなら、それが必ずしも読者の求めているものだとは限らないからだ。だから、ノンフィクションの関係者も、情熱や矜持を持ってつくったコンテンツを適切な場所・タイミングでいちばん届けたい人に届けることを意識していなければならない。そうでなければただの自己満足だ。

今日では、コンテンツの製作とともに流通を意識することは編集者の大事な仕事のひとつと言ってもいい(Webでは特にそうだ)。編集者の職能が変わりつつあるのだ。 雑誌や書籍のような「紙」の編集者の場合、取次会社や書店が流通の基盤となっているために、コンテンツの流し方、流れ方について意識することはあっても、大きな影響力を行使するのは難しいだろう。

Webメディアの場合は、コンテンツの企画・編集はもちろん、記事を公開した後の「流通」を意識することが常に求められる。記事公開はゴールではなく、スタート地点と言ってもいいくらいだ。雑誌や書籍と違い、書店のスペースに置かれることのないWebの記事は、誰かの目に止まらないかぎり「存在しない」に等しい。存在しない、とは収益にもつながらないということでもある。

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ノンフィクション雑誌『G2』スペシャル

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『G2(ジーツー)』は雑誌・単行本・ネットが三位一体となったノンフィクション新機軸メディアです。今回目指したのは、アメリカの雑誌界の最高峰『ザ・ニューヨーカー』。新しいノンフィクション、新しいジャーナリズムの形を示そうと、『G2』第1...もっと読む

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