安田浩一「ヘイトな馬鹿に鉄槌を」【後編】「差別をやめろ」と言い続けることで社会の公平性は取り戻せる

講談社のノンフィクション雑誌『G2』Vol.019に収録のコラムのなかから、cakes読者へ特別に安田浩一さんの「ヘイトな馬鹿に鉄槌を」を一部公開します!
『ネットと愛国』の出版から3年余――。世間や当局の目が厳しくなり、過激な言論ごそ鳴りを潜めつつあるものの、「ヘイト」的な一部の言論や文化は着実に市民権を得つつある。ヘイトを完全に消滅させるのは難しい。だが、それでも闘いを諦めてはならない。絶対に。

ヘイトスピーチ包囲網

私が差別デモの主役たる在特会をテーマとしたノンフィクション『ネットと愛国』を出したのは2012年のことだ。 あれから状況は少しずつ変化してきた。

2013年から14年にかけては差別デモも大きな盛り上がりを見せ、それまで関心を寄せることのなかったメディアが、これらを大きく報じるようになった。2013年末には「ヘイトスピーチ」なる言葉が、その年の流行語大賞のトップテンにも選ばれている。

だが一方で、差別デモやヘイトスピーチに対する社会の包囲網も徐々に狭まってきた。 2009年に在特会のメンバーらが京都朝鮮第一初級学校(現・京都朝鮮初級学校)に押しかけた「襲撃事件」の民事裁判では、2014年12月、最高裁が同会の上告を棄却し、約1200万円の高額賠償と街宣差し止めを命じた大阪高裁判決が確定した。

少し遡った同年8月には、国連人種差別撤廃委員会が在特会の活動などを「人種・民族差別」と断じたうえで、日本政府に対して法整備を求める勧告を出している。

私はスイス・ジュネーブで開催された同委員会の日本審査を取材したが、ヘイトスピーチは絶対に許されないと考える国際社会と、消極姿勢を変えない日本政府代表団との温度差が強く印象に残った。

「なぜヘイトスピーチを放置しているのか」 「警察はなぜ、差別集団を守っているのか」

各国委員から相次ぐ疑問に、わが政府代表団は「日本には深刻な差別は存在しない」「啓発、啓蒙をしている」と答えるのが精いっぱいで、いわば“フルボッコ”状態から逃れることはできず、結局、早急な対策を求める勧告が出されるに至ったのである。

これを受ける形で、国内でもヘイトスピーチ対策を早急に整備するよう国に求める意見書が、多くの自治体で採決されるようになった。 先駆けとなったのは国立市(東京都)である。

同市議会は2014年9月19日、社会的マイノリティへの差別を禁止する新たな法整備を求める意見書を賛成多数で採択し、衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、法務大臣宛てに届けた。 提案者のひとりである上村和子市議は次のように話す。

「マイノリティが安心して暮らせるような社会を作ることも行政の大事な役割だと思うんです。その使命を放棄したくなかった」

ニュースや新聞記事でヘイトスピーチの現状を知り、それがきっかけで差別問題に関する学習会などに足を運んだ。そこで京都朝鮮学校襲撃事件の映像や差別デモの様子を映した動画を目にした。

「一部の人間による、特別な事件なのだと考えることができませんでした。これは社会の問題であり、また地域の問題だと思ったんです」

素案をつくり、自民党から共産党まで、すべての同僚議員を説得してまわった。反対する者はいなかった。「みんな、わかってくれるんだ」と安心した。

しかし、採択が決まり、それが報道されると、今度は非難の声が上村に寄せられた。 自宅に抗議電話が相次いだ。 几帳面な上村は、そんな電話にも根気強く応対した。 ある女性は「ヘイトスピーチを規制する必要はない」と電話口でまくし立てた。

「在日なんて嫌われて当然。税金だって払っていないんだから!」 もちろん、まったくのデマだ。 上村は「そんなことはない」と説明したが、女性は「あなたがうそを言っている」と聞く耳を持たなかった。

市役所にも決議を非難する電話やメールが届けられた。 すさまじい抗議の嵐に一瞬たじろいだという。

「でも、被差別の当事者であれば、もっと激しい罵倒もされるのだろうと思うと、落ち込むわけにいかなかったんです」

そして、世間はけっして非難一色ではなかった。 国立の動きは全国に知られるようになり、ヘイトスピーチ対策を求める自治体決議が全国に広まっていったのである。2015年4月現在、同様の議会決議をした自治体は全国で40を超える。

桜井誠「引退の理由」

また、「カウンター」と呼ばれる反差別運動に参加する人々により、醜悪なデモや集会が封じ込められている現状も無視するわけにはいかない。

高校生が、大学生が、会社員が、主婦が、ミュージシャンが、劇団員が、年金生活者が、街頭で在特会などのデモに対して抗議の声をあげる風景は、いまや珍しくなくなった。その多くはこれまで「運動」とは無縁の、しかし理不尽な差別に対しては憤りを抱える者たちである。

ときに中指を立ててデモ隊に罵声を飛ばすカウンターに対し、「カウンターの言動もひどい」と冷めた見方をする人々がいるのも事実だが、私は同意しない。被差別の当事者が「死ね」「殺せ」と、のど元に匕首を突き付けられた状態にあるなかで、運動のあり方を評論している余裕などありはしない。「どっちもどっち」と冷笑するだけでは被害者は救われないのだ。

「差別をやめろ」と言い続けることは、レイシストによって破壊されつつある社会の公平性を取り戻すことでもある。

実際、こうした動きによって、少なくともそれまで差別の主役であった在特会の動員力は落ちている。いや、追い込まれているといってもよいだろう。前出の坂本のように、社会運動と距離を置いてきた者でさえ、危機感を持って立ち上がったのだ。

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