営業会議を境に、営業陣にとって客先訪問はあたり前になったようだ。以前にも増してオフィスにいる人間は少なくなった。
『営業は技術と顧客の橋渡しである以上に、どちらの意見・知識も得て、知恵にし、革新を起こせる素晴らしい職種なんです』
坂井の熱弁に、営業という職種にみんな誇りを感じられるようになったのであろう。以前のようにカフェでお茶をしている人間はいないはずだ。少なくとも美沙はそう信じることができていた。
本日オフィスにいるのは美沙と村中達也の二名だけだった。美沙は営業陣から回収した『営業成績の売上高報告書』をまとめる作業に取り掛かった。
「あっ、まただ」
小さくつぶやき、嘆息する。村中からもらう書類はいつもミスばかりだ。毎月の勤務報告書ですら些細なミスが毎月のようにある。就業日数21日なのに、出勤日と有休の合計が20日であったり。いちいち指摘するのもめんどくさいミスを村中はことごとく犯す。
「あの、村中さん、数字が違うようですが、確認してもらってもいいですか?」
「えっ? わかった」
村中に書類を返却し、しばし待つ。
「あぁ、ごめん。ここ一桁間違えてた」
一桁間違えてた、って。そんな悠長に告白されても。
「村中さん、先月もインプットミスがありましたよね? 私も気づかずに財務に提出したあと、大問題になったんですよ。もう少しチェックをしっかりしてもらってもいいですか?」
「チェックはちゃんとしてるんだけどな。なんでだろうなぁ」
なんでだろう、って。あまりに暢気な村中の態度に怒りの言葉が喉元まで出かかったが、美沙はそれを呑み込んだ。村中には“言ってもムダだ”という諦め心が自然と美沙をそうさせた。美沙は何も言わずに自席へと戻った。
*
あれ? 午後一、坂井との面談のためにいつもの中会議室に行くと、いつもの美沙の席には先客があった。
「今日は村中くんにも同席していただきます」
「わかりました」
美沙はそう言って村中の隣に腰を下ろした。
「浅井さん、坂井部長と定期的に面談とかしてたんだ」
「あっ、まぁ」
村中は探るような目で美沙を凝視した。
「では始めますか。浅井さん、最近困ったことはありませんか?」
困ったことって……坂井の唐突すぎる質問に、村中を同席させた理由が美沙には今はっきりとわかった。今朝のやり取りを見ていたのだろう。今まで美沙は村中に対して諦めしかなかったが、これはもしかするともしかするかもしれない!? さすがに村中も坂井の前では暢気に受け流すわけにはいかないだろう。美沙はこの場を逃すまいと、珍しくハッキリとした口調で言った。
「はい。『営業成績の売上高報告書』の数字にミスが多くて困っています。先月は財務から指摘を受けるまで気づかず、財務にも大変迷惑をかけてしまいました」
「営業陣みなさんミスをされるのですか?」
「いいえ」
「ではミスをされるのは誰ですか?」
村中の存在を隣に感じながらその名を口にするのは気おくれしたが、美沙は日々の苦労を思い出し、ふたたびハッキリとした口調で言った。
「村中さんです」
「村中くん、そうなんですか?」
「まぁ……」
「浅井さん、数字の間違えは先月だけですか?」
「いいえ。今月も一桁数字が違っていました。さすがに一億が十億になっていれば気づけるので、財務に提出する前に修正できましたが」
「先月と今月だけですか?」
「はっきりとは覚えていませんが、何度かあります。他の営業会議資料も打ち間違いが多いと思います」
一度口にすると、村中のミスへの鬱積が止まらなかった。
「村中くん、なぜミスをすると思いますか?」
はじまった、はじまった。坂井の意地悪な質問攻め。意図的なのか、そうでないのかわからないけど、結構堪えるんだよね、コレ