電気サーカス 第28回

高速回線も常時接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイでネットに接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、オフ会で女子中学生の“真赤”に出会う。交流を深めるうちに彼女を取り巻く複雑な環境を知った“僕”は……。

「そりゃ中卒だって一つの生き方だろうけど、世間は厳しいからね。こういうものは、あればあるだけ便利だ。学生って身分もいい。おれもドロップアウト組だから実感するよ。バイト先でも、フリーターよりも大学生の方がやっぱきらきらしてるもんな。大体、お前の場合は単に実家に帰りたくないってだけじゃないか。そんな理由で受験をサボろうってのは、いくら何でもどうかと思うよ。仮に高校に行かないとして、どうするつもりなのさ? 就職するったって、そもそも、そのつもりもないだろ? つもりがあったって、就活するにはもう遅いし、世間はこの大不況だ。中卒なんかが社会に出て行ったって、お先真っ暗だよ」
「でも、宇見戸さんも中卒だよ?」
「ほら見ろ、それこそお先真っ暗のいい例じゃないか」
「ひどい」
 真赤は笑ったが、しかし僕の口にした一般論に賛同するつもりはないらしい。
「女子高生には、なってみたい気がするけど……」
 と、言葉を濁すばかりである。
 彼女くらいの年ごろだと、早く学生という身分を卒業して、自由になりたいものだものなあ。僕にも覚えがある。
 そうして二人とも黙ってしまって、皿の上の料理を食べ続けた。真赤は相変わらず蟹を義理程度にしか食べようとしない。結局僕がほとんど平らげることになってしまって、蟹好きの僕ではあったが、やはり彼女のために買ったのだと思うと美味しくない。蟹味噌もいらぬと言うので、僕は二杯分の味噌を甲羅の上に集め、それをじっくりとコンロで焼きながら酒のつまみにした。真赤は、そんな黄色とも茶色ともつかぬ、まるで腹をこわした犬の糞のようなものをよく食べられるわね、とでも言いたげな奇異の視線をチラチラとこちらに向けて来る。だから、僕はことさらに旨い旨いと連呼して、酒をあおった。
 未成年の部屋に残りを置いてゆくつもりはなかったので、一瓶全部空けてやろうとペースを速めていると、頭がズキズキと痛くなって来る。全く、真赤は帰ってしまうのか。あの漢方薬ばかり飲ませる母の元へ。行き過ぎた関係を持つの父の元へ。事実として想像すると気持ちが暗くなるけれども、しかし何をすればいいって言うんだ? 親が危険だから一緒に逃げようと、駆け落ちでもしようっていうのか? 実際のところ、その話というのも真赤の口から語られるのが話の大部分でほかに確証もない。そもそも、僕はそんなことを言う立場でもない。せいぜい腹が減ったと言えば飯を食わせ、意見としては一般論を述べるくらいが限度だろうよ。個人的には思うところもあるけれど、それは中学生に接する成人としてはふさわしくないだろう。そりゃ、僕が彼女に自分の損なわれた少年時代を仮託しているのは確かだけれど、それ以上であってはならない。この境界線を越えたら、僕は単にネットを使って年下の少女をたぶらかすろくでなしになってしまう。あっ、現状でも他人からすればそうとしか見えないか。そんなつもりはないのだけれどなあ。結構真面目に考えているのだけれどなあ。まあ、人がどう思うかなんて、どうだっていいさ。問題は、自分に対して誠実であるかどうかであって、そのためにも僕はここで私心を交えてはいけない。とは思うが、自分に対してこんな警戒をしてしまうという時点で、既にその恥知らずな私心が芽生えつつあるってことじゃないか? そうだとしたら憂鬱だ。僕ほど信用の出来ない人間はいないからな。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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