chapter5-10 Sクラスのオンパレード

この1年間の修行の結果、僕は見違えるような男になっていた。恋愛工学が僕の全てを変えたのだ…。

「そろそろ行こうか」

「はい」

 永沢さんと僕は、パーティー会場に入っていった。壇上で、どこかの会社のCEOがグローバルなんちゃらに関して話している。男たちを見ると、たしかにみんな仕立てのいいスーツに身を包み、金持ちそうだ。女たちは、Sクラスのオンパレードだ。さっきまで自信満々だった僕も、さすがに場違いなところに紛れ込んでしまった気がした。男たちはとんでもない金を持った、経験豊富なプレイヤーたちに違いない……。女も、僕みたいなその辺のサラリーマンなんかお呼びじゃないだろう。

 気が付くと、永沢さんは、僕をおいて誰かと話していた。

 しばらくしたら帰ろうかな。僕には呼び出せば会えるセフレが何人もいたし、慣れ親しんだ六本木のクラブにナンパしに行ってもいい。とにかく、ここは僕のフィールドじゃない。

 いや、ダメだ。そんな弱気でどうする。

 僕はこの1年間の修行と、実績を思い出しながら、なんとか自分を奮い立たせる。

 粗相のないように、できる限りのことをしよう。


「こんな美しい女性を見たことがありません」

「まあ、そんなお世辞を」

 僕がひとりでシャンパンを飲んでいると、テーブルを挟んで向こう側にいた女に、金持ちそうな男たちが引っ切りなしに話しかけている。どこかで見たことがある顔だった。背が高く、スラっとしているので、ファッションモデルだろう。僕は彼女に話しかける男たちを観察することにした。こういう飛び切りいい女とつきあうようなすごい男たちから何かを学び取ろうと思ったのだ。

「じつはこの前、クルーザーを買ったんです。そんなに高くないんですけどね。3億円ぐらいだったかな。もし良かったら、今度、私の船に乗りに来てください」

 頭のハゲた中年の男性が、クルーザーをエサに彼女を誘おうとしていた。

「それは素敵ですね」

「もしよかったら、連絡先を教えてくれませんか?」

 ハゲが連絡先を聞きだそうとしている。僕は失敗することがわかった。こんなアプローチをしょっちゅう受けている彼女は、うまく断るセリフがほぼ瞬間的に出てくるように常に監視プログラムが走っている。彼女の自動迎撃システムが作動するはずだ。

「名刺をもらえますか? 都合がついたらこちらから連絡します」

 これは女がよく使う、体のいい断り方だ。やはり一瞬でハゲが放ったミサイルは迎撃された。彼女は無傷だ。

 しばらくすると、また、別の男が彼女に話しかける。今度は、若いイケメンだ。いかにも成功した青年実業家という感じだ。ものすごく高そうなフェイスの大きいゴールドの時計をしている。

「僕、エリカさんのファンなんですよ。もし、よかったら写真をいっしょに撮ってもらえませんか?」

「すいません、写真はダメなんです。事務所に怒られちゃうんです」

「そうですか、すいません。ところで自己紹介させてください」イケメン青年実業家は名刺を取り出した。「僕、この会社のCEOやってます。先月、マザーズに上場したばかりなんですよ」

「お若いのに、すごいですね」

「もし、よろしかったら連絡先教えてもらえませんか? 今度、僕の軽井沢の別荘でパーティーをやるんです。エリカさんみたいな素敵な人に来てもらえないか、と思いまして」

 僕は彼の様子を見て、驚いた。ここのパーティーに来ている連中は、とんだぼんくらばかりだったからだ。彼らは、さっきからけたたましい警報音を鳴り響かせている彼女の自動迎撃システムに気づかないのか? そんな誘い方じゃ、自動化された彼女のお断りルーティーンに捕えられるだけじゃないか。それに、さっきのハゲもそうだったけど、こいつら『動学的相対価値モデル』の基本概念すら理解しちゃいない。

「すいません。私、プライベートで連絡先などを交換したらいけないと事務所に言われてまして」

 そら見たことか!

 イケメン青年実業家は連絡先を聞き出そうと粘っている。相対価値を示すチャートをチェックすると、彼女のバリューは上がり続け、一方、彼のバリューは下がり続けている。ふたりのバリューの格差は開くばかりだ。これは完全にゲームオーバー。

 こいつら、まるで女の扱い方を理解しちゃいないな。

 さっきまで、その場の雰囲気に圧倒されて、早く帰ろうとしていた自分を恥じた。

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ぼくは愛を証明しようと思う。

藤沢数希

恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公のわたなべ。ある日、恋愛工学と出会い、彼の人生は大きく動き出す……。 ファイナンス、経済学、エネルギー政策に関する著作をもち、リスク・マネジ...もっと読む

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umekida この相対バリューの話はすごく面白い。ビジネス交渉にも当てはまる。 2年弱前 replyretweetfavorite