chapter5-9 テクノロジーの勝利

恋愛というゲームは絶妙な運とスキルのコンビネーションで成り立っている。プレイヤーたちは、スキルを磨き、様々なリスクを負いながら、収穫を目指す。

 女は、セックスする前、恐怖と不安を感じる。すぐに寝る軽い女だと思われる恐怖。セックスしたあとに、男が去ってしまうんじゃないか、という恐怖。誰でも家や車のような高いものを買うときに、後悔しないようによく考えてから決める。女もこの男とセックスしても、あとで後悔することになるんじゃないか、と不安になる。Sフェーズのテクノロジーは、女がセックスに対して抱いているこうした恐怖や不安を取り除き、内に秘められた欲望を解き放つように精巧にデザインされていた。

 女を家やホテルに誘うときは、適切な言い訳を用意してやる必要がある。「明日、返さないといけないDVDがあるんだけど、家でいっしょに見ない?」だとか、ペットを飼っていたらそれをエサに使ってもいいし、夜景のきれいなマンションに住んでいたら、それを口実にしてもいい。こうして、女はセックスの責任から逃れられる。最初のセックスは、あくまで交通事故のようなアクシデントとして起こらなければいけないのだ。そして、Cフェーズでは、自分の男としての価値を証明し、また、女に対する好意も効果的に伝えておかないといけない。これが十分じゃないと、Sフェーズへシフトさせようとするときに、大きな抵抗に遭遇し、うまくいかない。Sフェーズがうまくいかない原因のほとんどは、その前段階にあるのだ。

 こうしてベッドの上まで無事に女を誘っても、ときに女は最終抵抗を示す。最終抵抗とは、「会ってすぐにそんなことできない」だとか、「つきあってもいないのにエッチできない」などと言って、ドタンバになって女がセックスすることを拒否することだ。そうした最終抵抗には、「好きだ」と耳元で情熱的にささやくストレートな方法や、「わかった。確かに早すぎる。こんなことはやめよう」などと言って相手の女をいったん突き放すプッシュ&プル、キスを続けながら隙を見て、スカートの中に手を入れ性器を愛撫し、肉体的な快楽で女を発情させてしまうようなやり方まで、突破するための無数の恋愛工学のテクノロジーが用意されていた。

 僕たちプレイヤーは、熟練した金庫破りが精密な道具を使い分け、どんな金庫の扉も開けてしまうように、恋愛工学の様々な道具を使って、女の股を開いてしまうのだった。

 10月の最初の金曜日。

 沈みゆく太陽が、高層ビルをオレンジ色に染めていた。

 僕は、六本木ヒルズの展望台に向かっていた。

 恋愛工学の研究と実践を開始してから、1年の月日が経っていた。

 宇宙船に乗り込むみたいに、3階にあるトンネルをくぐり抜けた。チケットカウンターで入場券を買って、52階まで上っていくエレベータに乗り込む。エレベータを出ると、目の前に東京タワーが見えた。

 六本木の街を見下ろすようにそびえ立つ超高層タワーの52階の展望台で、僕は永沢さんと待ち合わせていた。今日は、永沢さんが勤める資産運用会社が主催する投資家を集めた立食パーティーに、僕も呼んでもらったのだ。来る男たちは、みんな死ぬほど金持ちの連中らしい。モデルの女もたくさん来るとのことだった。

 東京の街がキラキラと輝いている。巨大なガラスの窓を左手に見ながら、バーラウンジに向かった。

 真っ白いシャツの上に黒のジャケットを羽織った永沢さんを見つけた。窓際に取り付けられた二人用の小さなスタンディングテーブルで、ひとりでビールを飲んでいた。永沢さんは僕に気がついて、白い歯を見せて笑った。まるで世界を支配している男がするような笑顔だ。僕もバーでビールを買う。パーティーまで、まだすこし時間があった。

 永沢さんに会うのは、3週間前にふたりで六本木の街で派手にナンパしたとき以来だ。


「バーで話しかけたあのショートカットの女子大生はどうなった?」

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ぼくは愛を証明しようと思う。

藤沢数希

恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公のわたなべ。ある日、恋愛工学と出会い、彼の人生は大きく動き出す……。 ファイナンス、経済学、エネルギー政策に関する著作をもち、リスク・マネジ...もっと読む

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