僕たちは、いつの間にか2時間以上も話していた。2本目のワインが空きそうだった。これ以上飲む必要はない。僕はここまでで、Cフェーズを完璧にクリアしていることを確信していた。次は、場所を変えながら、Sフェーズへうまくシフトさせればいい。
「この辺りは散歩するとすごく気持ちいいんだけど、そろそろ出る?」
「ええ、そうしましょう」
僕は何のためらいもなく玲子の手を握った。そして、何度も使ったことがある品川の運河沿いの散歩コースへと彼女をリードする。ここは、キスをするスポットが無数に配置されている。
まだ、恋愛工学を覚えたてで、北品川に住んでいたとき、ここで何人の女にC→Sフェーズシフトルーティーンを仕掛けたんだろう。当時はこんな専門用語はまだ習っていなかったが、ACSモデルを知ったあとに思い出すと、あれはフェーズシフトルーティーンだったいうことがよくわかった。
きれいにライトアップされた運河にかかる鉄橋を渡り、運河沿いを歩くと、ベンチがあった。
「ちょっと、座ってお話しない?」
「そうだね。夜風が気持ちいいし」
他愛もないことを話していると、僕と玲子の間に、ちょっとした沈黙が訪れた。
僕は彼女の目を見つめ、これまでに何度も使った、はじめてのキスルーティーンを起動させる。
「キスしたいの?」
僕は彼女の目を見つめて言った。
ここで相手が (1) イエス と言えばそのままキスすればいい。しかし、この選択肢が選ばれることはあまりない。
(2) ノー だったら、何か考えているみたいだったから、などとごまかして、また、次のキスのチャンスを窺う。
「わかんない」玲子は言った。
そして、(3) えー、わからない、どうしよう、などの曖昧な返事が返ってきた場合はこうする。