翌日の火曜日は、仕事を早く終えて、由依を家に呼んでいた。田町のカフェでナンパした21歳の看護師学校の学生だ。
「こんなに、わたなべ君のこと大好きなのに、どうして私じゃダメなの?」
僕のベッドで横になっている由依が言った。
「お腹空いたね」
彼女の質問を無視して、僕は別のことを話した。こういう質問には、何もこたえないに限る。
「うん。そうだね」
今夜は、おいしいパスタを作ってあげると約束していたけど、最初にセックスをすることにしたのだ。
順番は、重要じゃない。それに、セックスで軽く運動したあとのほうが料理もおいしくなるというものだ。
僕はベッドから起き上がり、小さな台所で、パスタを茹ではじめた。
フライパンにみじん切りのにんにくと細切りのベーコンを入れて、オリーブオイルで炒める。フライパンを傾けて油を溜め、そこに赤唐辛子をまるごと入れる。ベーコンから脂が溶け出てカリッとしてきたらワインをすこし垂らす。そこにトマト缶を全部入れて、バジルを2、3枚入れる。そして、沸騰する前に火を止めてしまう。余熱で十分に火が通ったところで、茹で上がったパスタを入れて、トマトソースにからめる。
僕は、できあがったパスタを一口味見した。うん、悪くない。
「わあ、おいしそう」と由依がうれしそうに言う。
男が料理を作ってあげるのは、レストラン代を浮かせられる、とてもいいデートだ。
ふたりでトマトパスタを平らげたあと、もう一度僕たちはセックスした。
時計を見ると、午後10時になっていた。
由依はデニムのショートパンツに、丈の短いキャミソールワンピースを着た。すぐに脱がしてしまったから、よく覚えていなかったが、とてもよく似合っている。
「駅まで送っていくよ。試験の勉強しないといけないでしょ?」
いつもは玄関で別れるのに、駅まで送っていくというやさしさを見せてあげた。女は非モテ男の一生愛するだとか、生活の面倒を見るといった重たいやさしさは嫌悪するが、こういうやさしさを高く評価する。
「いつか、わなたべ君の彼女になりたいな」
「こうしていっしょにご飯を食べたりして、いまでも彼女みたいなものだよ。なんで、そんなことにこだわるの?」
「そうだよね。わたなべ君とこうして会えるだけで、うれしい」
六本木駅の入り口で、僕たちはキスをしてから、別れた。
地下鉄の階段を下りていく由依の後ろ姿を見ながら、僕は昨日会った長谷川玲子をどうやって攻略するか考えていた。
今夜、電話することになっている。
ここで電話せずに、忙しい男を演じて女を焦らすのは、怠け者のナンパ師がよくやることだが、僕は約束を守る男だ。