第四章 再会(6)

蒔野は尊敬する映画監督であり、また洋子の父でもあるソリッチの作品を観賞する。作品の製作時期は期間が空いていた。なぜ、これほど才能に恵まれた人が次回作をすぐ撮らなかったのか?蒔野に疑問が浮かびあがる...…。

 続けて《幸福の硬貨》を見るつもりだったが、その余力はもうなかった。洋子はソリッチの娘で、しかも、この時期のソリッチの娘なのだった。それはまた、特別のことであるように感じられた。

 それからしばらく、ソリッチのこと、洋子のこと、そして、《幸福の硬貨》のことを、長く続く余韻の中で脈絡もなく考えた。

 読書灯で読んだDVDの解説には、《ダルマチアの朝日》から《幸福の硬貨》まで、九年間のブランクがあり、その間のソリッチの消息は不明とされていた。

 蒔野はそこに引っかかった。これほど才能に恵まれた人が、どうしてそのあと、すぐに次作を撮らなかったのだろうか。撮れない事情があったのか。その間一体、どこで何をしていたのだろう? 《幸福の硬貨》が制作されたのは、ソリッチが洋子の母と離婚した後、大分経ってからのことである。蒔野はそのことに、迂闊にも今頃気がついた。

 ソリッチ自身は、第二次世界大戦を十代の少年時代に経験している。ユーゴスラヴィアでは、枢軸国軍の侵略のみならず、それによって噴出した国内の民族紛争の凄惨さが夙に知られており、《幸福の硬貨》にも、その記憶の乱反射が随所で感じられた。恐らくは、主役である、リルケを愛する若いクロアチア人の詩人は、幾分ソリッチ本人で、彼が思いを寄せるセルヴィア人の美しい少女もまた、実在の誰かだった。

 複雑な政治的背景は、うまく捨象されていて、それが、壊滅的な世界の中で傷だらけになりながらも潰えない愛の物語として映画を世界的にヒットさせたが、《ダルマチアの朝日》のあとで振り返ると、恐らくは、自分の理解していない、しかし、クロアチア人には—或いは、ヨーロッパ人には—身に染みてわかる象徴的な細部が色々とあるのだろうという気がした。

 洋子には、それがわかるのだろうか。

 蒔野は、彼女をまた少し遠く感じた。それが、物理的には、刻々と近づきつつある中で、彼の不安な恋情を複雑に掻き立てた。

 少年時代の蒔野は、確かに《幸福の硬貨》のギターのテーマ曲を愛していたが、それ以上に、やはり、主人公とヒロインとの極限的な愛に憧憬を抱いていた。

 ヒロインは、名も知らぬ女優だったが、彫像のように端整な顔立ちでありながら、その土地ではどこにでも咲いている花のような質朴な魅力があった。

 こんな美人が世の中にいるのかと、蒔野は真剣に思った。思春期だっただけに、その憧れには、後から振り返れば笑い話のようでも、当時はまだひどく醜怪に感じられていた野放図な性慾も、混じり込まずにはいなかった。

 映画の中で、彼女の白いシャツが引き裂かれ、胸が露わになる場面を、彼はよく覚えていた。咄嗟に身を庇おうとして、あまりかたちの整わない小ぶりな乳房が敏感に揺れた。

 蒔野は、日曜洋画劇場で放送された《幸福の硬貨》を、実家のベータのヴィデオ・テープに録画して、何度も繰り返し見ていた。彼女の乳房には、化粧を施されていない素顔のような無防備さがあり、悲しいほど無力でありながら、しかし、決して真には他者の所有に帰することのない輝かしさがあった。

 今、パリ行きの飛行機の薄暗い機内で、彼女の顔を思い浮かべようとすると、そこにはどうしても洋子の顔がちらついてしまう。まるであの女優が、洋子の母親であるかのような奇妙な錯覚。……

 蒔野は、これほど彼女に会いたいと願いながら、その顔の記憶が、この半年の間に既におぼろになり、薄れつつあることを嘆いた。パリで会えば、何かがあの時とは、違ってしまうのだろうか? そして、あの夜、最後に見交わしたタクシーの窓ガラス越しの洋子の姿も、今はどこか、ソリッチの映画の中の一場面のように夢幻的だった。

   *  

バグダッドからパリに戻って二週間の休暇を貰った洋子は、最初の一週間を、自宅の掃除や荷解きをしながらぼんやりと過ごし、二週目に入ってようやく人に会うようになった。

 外出して、通りを自由に歩き回れることが、何よりの幸福だった。近所の行きつけのカフェやパン屋では、無事の帰国を喜んでくれて、ちょっとしたおまけをしてくれた。

 まだ肌寒かったが、とにかく体を動かしたくて、あまり人のいない午前中の早い時間に、リュウ・デュ・バックのアパルトマンからリュクサンブール公園までジョギングをしにいった。

 汗をかき、息が上がって、喉の奥に微かな痛みが兆すほど大きく胸で深呼吸をすると、パリにいるという実感が、鼓動とともに全身の隅々にまで響き渡った。

 自宅に戻ると、浴槽に湯を張って、愛用しているGreen&Springのバスオイルや日本で買った檜の香りの〈温泉の素〉などを日替わりで入れて、時間をかけて浸かった。浴室のドアを開けたままにしておいて、リヴィングの音楽が遠くから聞こえるようにしていた。

 日常への復帰は、拍子抜けするほどスムーズで、その足許にほとんど段差さえ感じずに、こちら側の世界に入ってしまった。

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