電気サーカス 第26回

まだ皆が電話回線とテレホーダイでインターネットに接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、オフ会で女子中学生の“真赤”と知り合い、交流を深めていく。そして、2001年をカラオケ店でのバイト中に迎えた“僕”は……。

 それから朝にかけて何組か初詣帰りの客が来店したが、混雑とまでは至らず、やがて閉店の時刻を迎えた。最後の客の会計を終えると、表のシャッターを下ろして鍵をかける。レジの売上金を袋にいれて金庫に仕舞い、そして一日分のゴミが詰まったゴミ袋を、ドブネズミの死体が入ったその袋を、サンタクロースのように背負って裏口から集積場へと向かう。年のはじめの仕事が死体捨てとは、なかなか洒落たものだ。
 夏だったらもう空が白んでいる時刻で、夜の女たちが仕事を終えて駅へ歩いてゆく風景なども見られるのだが、大晦日の夜は未だ明けず、静まりかえっていた。そして肌を切るような空気の冷たさである。白い息を吐きながら集積場に到着すると、既に近隣の飲食店から出たゴミ袋が山積みになっている。僕は烏避けのネットをめくって、その下に背中のゴミ袋を押し込んだ。
 そして離れようとしたところで、あっ、と僕は心の中で声をあげた。袋のなかで、何かがガサリと音を立てたような気がしたのである。あの鼠が、生きているのか? いや、店長があんなに力を込めて踏みつけたんだ。まさかそんな筈はない。じっと見つめてみても、ほら、もう何の音もしない。生きているならもっとガサガサと動くものだろう。音がしたとしても、それは風かなにかの仕業であって、鼠とは関係はないはずだ。そうに決まっている。
 そうは思っても、なかなかその場を離れる事が出来ない。万一生きていて、あとで息を吹き返してしまっては、運んで行く人が可哀想だ。それにもし苦痛を感じたままだとしたら、ドブネズミにとっても気の毒だ。僕には責任があるんじゃないか?
 恐る恐る片足を上げて、袋の上に靴底を下ろす。そしてゆっくり体重をかけると、どこへ行くにも履いている僕の黄土色の登山靴の分厚い靴底越しに、ぐにゃりと柔らかい何かと、その中でパキパキと固いものが折れる感触が足の裏に伝わって来た。これはオグラさんが捨てた生ゴミに、骨付き鶏肉などが混じっていてそれを踏みつぶしているのだと信じたいところだが、やっぱり、例の灰色のドブネズミなのだろう。嗚呼、僕の脳は、考えなくともいいってのに、その踏まれるものの映像を脳裏に映し出し、いやな気分にさせやがる。後ろめたい気分にさせやがる。しかし中途でやめては情けがない。店長だって立派にやり遂げたのだ。完全に息の根を止めなければと続けていると、昔子犬を踏み殺した父のことを思い出す。そして、ドブネズミは美しいと歌い上げたロック歌手のことを思い出す。リンダリンダ。
 通りかかった中年男が怪訝な顔でこちらを見たが、僕と視線が合うと慌てて顔を背けた。もう十分だろう。鼠は完全に死んだだろうか。この一月一日に死んだだろうか。僕はお前になんぞ同情しないぞ。誰にも同情なんかするものか。のろわば呪えドブネズミ。僕もいつかお前のように死ぬだろう。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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