新訳 世界恋愛詩集

髪のなかの半球」ボードレール

恋人の髪のなかに顔を埋めて、匂いをかぐと何故だか落ち着く。誰しもそんな経験があるのではないでしょうか?
その退廃的な人生と、詩集「悪の華」によりデカダンス文学の祖ともいわれる詩人ボードレールの一篇「Un hémisphère dans une chevelure(髪のなかの半球)」が詩人・菅原敏さんの超訳により現代に甦ります。
古今東西の詩人の作品に新訳という名のオマージュを捧げる本連載。気鋭の現代美術家・久保田沙耶さんのアートワークとともにお楽しみください。


乾きに飢えた男が
泉にくちづけるように
おまえの長い髪に顔を埋めて
ずっとずっと
過ごしていたい


髪の香りを 胸の奥まで
この手で髪を揺さぶって
思い出のかけら
部屋中にまき散らすんだ


黒い髪のなかで
俺が感じるすべて
俺が見るすべて
俺が聞くすべてを
おまえが知ってくれたなら


他の男たちが音楽に身を委ねるように
俺はこの香りに 身を委ねよう


波打つ髪には 夢がたゆたう
大きな海 青く深く
その南国の風に たなびく船の帆
果実 木々の葉 皮膚の匂いが
溶け込んでいる


シーツに広がる大きな海
そこから垣間見るのは
憂鬱な歌にあふれた港
あらゆる国の 荒くれ者たち
果てしない空に浮かぶ
美しい細工を施した船
絶え間ない熱気


アヘンと砂糖の混じる 煙草の香り
髪のなかの夜
永遠の熱帯
黒髪の波打際 うなじにくちづけて
タールとムスク 椰子の油
混じりあう香りに酔いしれながら


艶やかに黒く重い髪を 口に入れる
はずむひとふさ やさしく噛むとき
俺はまるで いくつもの夢や思い出を
食べているような 心地になる


この世界の半分を
おまえの黒い髪のなかに
見つけたから



「髪のなかの半球」

シャルル・ボードレール(1821~1867)

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新訳 世界恋愛詩集

菅原敏 /久保田沙耶

あまたの恋を書き残してきた、かつての詩人たちに、新訳という名のオマージュを。『新訳 世界恋愛詩集』は気鋭の詩人、菅原敏による新連載。いにしえの恋愛詩の輪郭を、菅原敏のいまの言葉でなぞっていきます。古い詩集に絵の具を落とし、新たな色で輪...もっと読む

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コメント

sayakubota 【長髪の特権】 わたしも自分の髪に巻かれて眠るのが好きです。 『髪のなかの半球』ボードレール http://t.co/Py026s1JLd 3年以上前 replyretweetfavorite

sugawara_bin 【髪のなかには世界の半分】 乾きに飢えた男が 泉にくちづけるように おまえの長い髪に顔を埋めて 『髪のなかの半球』ボードレール 菅原敏/久保田沙耶|新訳 世界恋愛詩集|ケイクス https://t.co/bv7XzkhhaO http://t.co/x648fgEpha 3年以上前 replyretweetfavorite

itocchi_k 良い詩だ。Especiaさんもこんな退廃的なやつをお願いしマッスル 3年以上前 replyretweetfavorite