乾きに飢えた男が
泉にくちづけるように
おまえの長い髪に顔を埋めて
ずっとずっと
過ごしていたい
髪の香りを 胸の奥まで
この手で髪を揺さぶって
思い出のかけら
部屋中にまき散らすんだ
黒い髪のなかで
俺が感じるすべて
俺が見るすべて
俺が聞くすべてを
おまえが知ってくれたなら
他の男たちが音楽に身を委ねるように
俺はこの香りに 身を委ねよう
波打つ髪には 夢がたゆたう
大きな海 青く深く
その南国の風に たなびく船の帆
果実 木々の葉 皮膚の匂いが
溶け込んでいる
シーツに広がる大きな海
そこから垣間見るのは
憂鬱な歌にあふれた港
あらゆる国の 荒くれ者たち
果てしない空に浮かぶ
美しい細工を施した船
絶え間ない熱気
アヘンと砂糖の混じる 煙草の香り
髪のなかの夜
永遠の熱帯
黒髪の波打際 うなじにくちづけて
タールとムスク 椰子の油
混じりあう香りに酔いしれながら
艶やかに黒く重い髪を 口に入れる
はずむひとふさ やさしく噛むとき
俺はまるで いくつもの夢や思い出を
食べているような 心地になる
この世界の半分を
おまえの黒い髪のなかに
見つけたから
「髪のなかの半球」
シャルル・ボードレール(1821~1867)
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。