食通の夢と現実

前菜の作り方は見よう見まね。誰ひとりとして親切に教えてくれない……。一流の料理人を目指してパリで武者修行に挑むマイケルが、ランチタイムに体験した調理場での壮絶な戦いとは? ベストセラーとなった『英国一家、日本を食べる』の著者であり、フードジャーナリストのマイケル・ブースによる最新刊、『英国一家、フランスを食べる』の一部をcakesで特別にお届けします。

キッチンはまるでテーマパーク


写真:MIchael Booth


自分たちは輝かしい世界の輝かしい住人などではなく、惨めに酔っ払った薄給の薄汚い労働者だとしか思えなかった。

—ジョージ・オーウェル、パリのキッチンでの生活について
『パリ・ロンドン放浪記』(岩波文庫)より

あなたはイギリスの人気女優エレイン・ページのサインをもらうために、ウエストエンドのミュージカルの出待ちをしている。ショービジネスの世界をひと目見ようと劇場をのぞきこんだとたん、舞台監督につかまって楽屋に連れて行かれた。衣装係によってたかって衣装を着せられ、そのまま舞台に送り出されてしまう。照明が落とされ、カーテンが上がると、静まりかえった聴衆が固唾を呑んであなたの歌を待っている。オーケストラの演奏が始まり、周りのキャストは歌い踊っているが、あなたは歌詞も曲もふりつけもなにも知らない―。

悪夢のようなシナリオだが、これが現実として僕に降りかかろうとしていた。

食事客の第一陣、日本人とアメリカ人の観光客が到着し始めた。席に案内されてすわり、そわそわと期待を漂わせている。静かな話し声とグラスを合わせる音が僕のいるフロントキッチンにまで聞こえてきた。ウェイターは俳優のように自分たちの役どころを演じ始め、シェフたちは声を落とした。

「一番大事なのは、耳をすませることだ」とカルロスが言い、僕はよくわからないままうなずいた。

「ディズニーランドの始まりだ」と彼はつけ加えた。

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英国一家、フランスを食べる

マイケル・ブース

イギリス人フード・ライターが、家族を引き連れて日本に100日にわたり滞在。各地を訪ねて日本料理を食べ尽くした異色のエッセイ『英国一家、日本を食べる』。アニメ化も果たした同作の著者マイケル・ブースの新作の舞台はフランス。なんと一流の料理...もっと読む

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