給仕のボランティアに参加してみたものの……
写真:MIchael Booth
ローマは女性のようだ。……ロンドンはディケンズの時代から変わらず10代の少年のままで、パリは年上の女性に恋する20代の青年だ。
——ジョン・バージャー〔イギリスの小説家〕
プロのケータリングを初めて経験する舞台として、オルセー美術館ほどふさわしい場所もないだろう。セーヌ川左岸に建つこの壮麗な建物は、蒸気機関車が走っていた時代の鉄道駅を改装して19世紀専門の美術館にしたものだ。
この美術館で催されるアリアンス・フランセーズ語学学校の40周年を祝う立食パーティで、ル・コルドン・ブルーは料理を担当することになり、給仕のボランティアを募集した。僕のほか、20名ほどの生徒が手を上げた。
そんなわけで2月の肌寒い水曜の午後、僕たちは美術館の裏口で羊のように身を寄せ合って風をしのいでいた。報酬はガイドの解説つきの無料ツアーだ。ここは僕のパリのお気に入りの美術館のひとつだし、「無料」と聞けば行くしかない。カナッペをふたつほど配る見返りとして館内を案内してくれるというなら、フェアな取引じゃないか。
悲しいことに20分間のツアーの見返りとして、僕たちは5時間もの間、家具を移動させられ、気どったフランス人の年寄りのがめつい口に食べものを詰めこむはめになった。
言っておくが「フランス人女性は太らない」なんて俗説とは裏腹に(土曜の朝にレアールのショッピングセンターに行ってみれば、そんな迷信はきれいさっぱり消し飛ぶはずだ)、フランスの上流階級は、女性を含め、とんでもない大食らいなのだ。
制服に着替えると、宴会場からすべての家具を撤去するよう言われた。僕は花の装飾の様子を見てきます、なんて言いながらその場を逃れようとしたが、美術館のスタッフに重ねたイスをグイッと押しつけられた。僕たちは小一時間ほど家具を運ばされてから、宴会料理のケータリング業者に引きわたされ、最後まで彼らの指示ではたらいた。
まず最初に、小さな凝ったオードブルを分業方式で組み立てた。毛深い一本眉の男に指示されて、架台式テーブルの周りに1時間立ちっぱなしで、ちっちゃなフォアグラのタルトやスモークサーモンのクレープ、トーストサンドイッチ、目玉にしか見えないスイーツをせっせと組み立てた。
「無料」という呪文にやられたのは、僕だけじゃない。セーヌ川を見下ろす美術館の豪華な宴会場は、語学学校の大した節目でもない記念日にかこつけて飲み食いしてやろうという招待客で一杯だった。
僕たちが銀のトレーにおつまみをのせて登場すると、何分もしないうちに数人がめざとくあとをつけてきて、食料の出所を探しあてた。宴会場の裏口のドアだ。ラッカーで固めたわたあめみたいな髪をした小柄な老婦人や、ブレザーを着たひょろ長い男たちが、野良犬のように裏口で待ち伏せし、僕たちがキッチンから新しいトレーをもって部屋に入るやいなや、群がって料理をむさぼった。
「トレーに食べものをのせたまま部屋のどこまで行けるか」が、僕たちの名誉の証になった。アンディは果敢にも突き当たりの窓に向かって突進したが、ほとんど間髪入れずにひげの男に肘ひじをつかまれ、大勢にとり囲まれてあえなく撃沈した。招待客が彼に気をとられているすきに、僕も奥に向かって走り出したが、飾り壺の裏からぬっと現れた年寄りの集団に襲われ、数秒ですべてを略奪された。ほうほうのていでキッチンに戻ると、一本眉の男にすぐに食べものを補充され、ソンムの前線に赴く兵士のように再び送り出された。
一本眉は愛想もなにもない男で、僕たちは顎で使われるのにうんざりした。ストライキでもするか、という声さえ上がった。僕もエヴィアンのボトルを押しつけられ、バーにもっていけと言われて、ついにぶち切れた。
「あのねえ、英語には頼みごとをするときに使う、特別な言葉があるんですよ。知ってますか、〝プリーズ〟って」
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