灰になったセレブ料理人たち

ニッポンの食文化を取材した『英国一家、日本を食べる』が大ヒット中のフードライター、マイケル・ブースさん。彼は日本に来る前、パリの名門フランス料理校「ル・コルドン・ブルー」、更に2つ星レストラン「ジョエル・ロブション」で一流シェフたちの猛特訓を受けていました。1年間の修業の果てにマイケルが見つけた、意外な「料理の真実」とは? 新刊『英国一家、フランスを食べる』の一部をcakesで特別にお届けします。
『英国一家、フランスを食べる』刊行記念トークイベントのお知らせ

著者マイケルが緊急来日! 本書やNHKアニメも好評放送中の大ヒット作『英国一家、日本を食べる』のウラ話、フランスの美味しいもの話……などを、ル・コルドン・ブルーのシェフとの対談スタイルで語ります!

日時:2015/6/8(月)19:00~20:30 (18:30開場)
会場:ル・コルドン・ブルー東京校 渋谷区猿楽町28-13 ROOB-1
申込方法:『英国一家、フランスを食べる』(1500円+税)整理券つき書籍を、 代官山 蔦屋書店 3号館1F料理フロア(イベント会場より徒歩1分)にて、事前にお求めください。電話予約・取り置き可(03‐3770‐2525)。

残席わずか! お求めはお早めに! http://www.asukashinsha.co.jp/news/n11555.html

燃えて灰になるセレブ料理人達


イラスト:上野顕太郎

カリスマ料理研究家のデリア・スミスが燃えていた。炎に顔をなめられながら、デリアは虚空を見つめて耐えていた。熱されて火ぶくれができても、いつもの控えめなスマイルを絶やさなかった。

でもやがて彼女は炎の餌食になり、火を吹いて煙を上げ、燃え尽きて灰になった。

その横で『ナイジェラの気軽にクッキング』のナイジェラ・ローソンもメラメラ燃えていた。気の利いたウィットも、炎の前ではお手上げだった。セクシーな胸元をオレンジ色の炎になめられ、あっという間に黒焦げになった。

料理界のアイドル、ジェイミー・オリバーには火が回っていなかった。つついてライター用オイルをふりかけると、みるみるクレープ・シュゼットのようにフランベされ、ぽっちゃりとした笑顔が凶暴な流し目に変わった。

誰かが燃えさかる山にマーサ・スチュワートを投げ入れた。うろたえた僕は、炎に飛びこんで彼女を救おうかとさえ思った。僕の決意がぐらつきかけているのを察した妻のリスンは、僕の肩に手を回してギュッと力をこめた。彼らが僕にとってどういう存在なのか、どんなに僕を楽しませ、人生を豊かにし、熱中させてくれたかを、妻は知っていたのだ。

10年もの間料理熱を高めてくれたセレブシェフたちが、いまやたき火の燃料になっていた。マーサさえ、火にくべられなくてはならなかった。

リック・スタインにはためらった。躍る炎に照らされた顔を見ていると、あの豪勢で凝ったシーフード料理が思い出された。

「ねえマイケル、どういうつもりなの」と、姉が僕の手の本を指さして言った。「言い出しっぺはあなたでしょ。やるならとことんやらなきゃ」。僕は仕方なく「それっ!」とリックを投げたが、端っこにしか届かなかった。リスンが拾ってたき火に投げ入れた。彼はしばらく炎に包まれ、そしていなくなった。

たしかに、夜の締めに庭で料理本に火をつけようと言い出したのは僕だ。でもジンを2杯にワインを何杯も飲んでいた僕のたわごとを、まさかみんなが本気にするなんて思ってもみなかった。大枚はたいて買い集めた料理本を燃やすなんて気まぐれを、止めてくれるのが家族愛ってもんだろう。

世間にはテレビで活躍する有名シェフを嫌う人もいる。この日の送別会に集まってくれた家族や友人の何人かは、ベルリン・オペラ広場でのナチスによる焚書よろしく、せっせと本を燃やしていた。

でも僕はと言えば、こうしたシェフたちのとりこだった。ここ10年というもの、セレブシェフのテレビ番組をもれなく鑑賞し、ケーブルテレビで再放送までチェックし、料理本が出れば必ず買って、ほとんどのレシピをじっくり、丁寧に、そっくりそのまま再現した。

レシピを見ても、その通りにはつくれない!

それなら、なぜ燃やしてしまうのかって? これには話せば長いわけがあるのだが、包み隠さずはっきり言うと、レシピはおいしくできないのだ。

あーあ、ついに言ってしまった。誰かが言わなきゃならなかった。出版業界の数億円規模の一角を敵に回してしまったが、これが紛れもない事実だ。僕がいままで試したレシピのざっと4分の3に、なにかしらまちがいがあった。温度が高すぎたり、手順が省かれていたり、調理時間や材料を加えるタイミング、分量、材料自体がまちがっていることすらあった。ジェイミー・オリバーのレシピに一字一句忠実に従っても、しょっぱなにニンニクが焦げてしまったりする。シンプルを謳いながらどう見てもシンプルじゃないレシピ、わけのわからないレシピ、絶対にその通りにはつくれないレシピが多いのには本当に腹が立つ!

考えてみれば、本のレシピがおいしくできないのは当然と言える。著者が悪いんじゃない。多くの料理本は、とても腕のいいシェフが最善を尽くして書いているし、レシピはきちんと試されている。それでも、読者がどんな状態や大きさ、熟度、柔らかさ、色味の食材を使うかなんて、どうしたらデリアやジェイミーやマーサにわかるだろう? 読者のオーブンの効きや冷蔵庫の温度なんてわかるはずがない。フライパンの厚みや肉の質だってそうだ。トマトを沸騰した湯に1分くぐらせて湯むきしろとデリアは言うが、熟したトマトは1分も湯通ししたら崩れてしまう。キッチンが暑いのか寒いのかもわからないし、フードプロセッサーが古くなってパワーが落ちているとか、グリルが汚れて火力が弱くなっているなんて、彼らにはわかりっこない。

それに、これは十分に試されたうえで書かれたレシピ本だけの問題じゃない。女性誌の巻末や新聞の日曜版に載っている急ごしらえのレシピや、ネットやブログ、掲示板の怪しげなレシピはどうだ? サイバー空間で料理法を探すには、よほど冷静な判断力が欠かせない。

もちろんおいしくできるレシピ本もあるが、それは著者が正確を期したからというより、たまたま星のめぐり合わせがよかったんだろう。でもそういう本でさえ、読んだからといって料理ができるようになることはまずない。

長年キッチンでの失敗に悩まされた末にやっと気づいたのだが、まっとうな料理人は、料理のつくり方じゃなく技法を知っていて、皿にのせられた材料を見ただけで料理を何通りでも思いつけるものだ。まっとうな料理人に必要な料理本は、オーギュスト・エスコフィエの書いた伝統的フランス料理のバイブル、『私の料理(Ma Cuisine)』1冊だけだと、僕は確信するようになった。

翻訳:櫻井祐子


一流の料理人を目指して武者修行に挑むマイケルが見つけた、意外な「料理の真実」とは? ベストセラー『英国一家、日本を食べる』の著者、マイケル・ブース待望の最新刊は5月30日発売です!

英国一家、フランスを食べる

『英国一家、フランスを食べる』

この連載について

英国一家、フランスを食べる

マイケル・ブース

イギリス人フード・ライターが、家族を引き連れて日本に100日にわたり滞在。各地を訪ねて日本料理を食べ尽くした異色のエッセイ『英国一家、日本を食べる』。アニメ化も果たした同作の著者マイケル・ブースの新作の舞台はフランス。なんと一流の料理...もっと読む

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コメント

mayumihyo ふわー!私の大好きな『英国一家、日本を食べる(続刊もいいよ!)』のマイケル・ブースが新刊を!しかも来日トークイベントあるなんて! 4年弱前 replyretweetfavorite

tinouye この本も面白そう!「 4年弱前 replyretweetfavorite

YukariWatanabe 料理好きとして、この部分とっても同感!ブースの本はどれもすごく面白い! 4年弱前 replyretweetfavorite

akira_isida  「読者がどんな状態や大きさ、熟度、柔らかさ、色味の食材を使うかなんて、どうしたらデリアやジェイミーやマーサにわかるだろう?」 そんなあたりまえのことを…… 4年弱前 replyretweetfavorite