ジジジジ

1(健太)

「初恋は実らない」という言葉があるけれど、実らないことが多いからこそ心に一生残る何かを残すもの。電車で知り合った三歳年上の恵に思い切って告白した健太。どきどきしながら彼女を三度目のデートに誘った彼の場合は……。歌人であり、小説家である枡野浩一さんが描く、からみあう「初恋」のハーモニー。アンソロジーに収録された短編「ジジジジ」を全3回でお届けします。(『初恋。』より)

著者より一言

 こんにちは、歌人の枡野浩一と申します。私は短歌に関する本をたくさん出していて、小説は四冊だけ出しています。
 短歌を主役にした青春小説『ショートソング』(集英社文庫)、運動おんちである自分の高校時代をもとにした青春小説『僕は運動おんち』(集英社文庫)、離婚経験をもとにした書評小説『結婚失格』(講談社文庫)、そして會本久美子さんの絵と組んだ絵本風の掌編集『すれちがうとき聴いた歌』(リトルモア)です。
 このうち一番売れたのは『ショートソング』。一番売れていなくて、しかし好きな作風だと思うのは『すれちがうとき聴いた歌』です。
 今回ケイクスに載せていただくのは、2004年にUPLINK FACTORY他で上映された、佐藤吏[おさむ]監督の同題映像作品(原案=枡野浩一)のエピソードをふくらませて再構築し、アンソロジー『初恋。』(ピュアフル文庫)のために書き下ろした短編です。
 佐藤吏監督の映像作品は「ピンク映画」でしたし(題名を変えて「AV」としても流通)、本作は官能小説だと思っています。正直言って一番すみずみまで自分らしく書けたと感じる唯一の小説なのですが、諸般の事情で読んだ人がとても少なかったのです。
 横書きで、ネットで読みやすいように変則的なレイアウトになっていますが、ゆっくりできるときに味わっていただけると幸いです。本作を気にいってくださった方はぜひ、性的な要素をおさえた『すれちがうとき聴いた歌』も、いつか手にとってみてください。
 作中の童謡『靴が鳴る』(作詞=清水かつら、作曲=弘田龍太郎)の歌詞は、原文の音をひらがな表記させていただきました。とても好きな歌で、カラオケで歌ったりすることもあります。

(2013年1月17日 枡野浩一)

 

 初恋は
 「おててつないで」
 歌いつつ
 野道を歩く
 少年少女

1(健太)

 江ノ島の海が目の前に見えたとき、自販機で「あったか~い」の缶コーヒーを二本買ったら、三本出てきた。
 小銭は二本分しかいれてないから一本トクしたことになるわけだけど、一本を恵さんにあげて、一本を俺が飲んで、最後の一本はやっぱり持て余してしまった。

「むかし、当たり付きの自販機ってあったよね。ボタンを押してクジに当たると、もう一本好きなジュースが買えるってやつ」
 恵さんが空き缶を捨てるときに、白い息を吐いて言った。
「ありましたね。俺の友達に、三回に一回は当たりが出るっていうやつ、いましたよ」
「えー、あたしあれ、当たったことないよ?」
「俺もないっすよ。そいつ、俺と一緒にいるときにも当たったことあって……。三回に一回っていうのは大げさかもだけど」
 当たり付き自販機は最近、見なくなった。なにか事故でもあったのかなと思いながら、少しぬるくなってしまった二本目を飲む。

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この連載について

ジジジジ

枡野浩一

「男の子がいったあとって、首のあたりで音がしない? ジジジジって」―― アンソロジー『初恋。』(ピュアフル文庫)のために書き下ろされた短編に加筆修正を加えたものになります。歌人としても著名な枡野浩一さんが織り成す、手の届かない恋の物語。

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コメント

toiimasunomo (6時間無料公開します) 5年弱前 replyretweetfavorite

toiimasunomo 【06/11 16:11まで無料 】 5年以上前 replyretweetfavorite

toiimasunomo 【近況】自作では一番好きな小説「ジジジジ」も無料公開中。 も読みたい友人やフレンドはご一報ください。 5年以上前 replyretweetfavorite

die_kuma その枡野浩一さんからは、恋愛を描いた短編も。作家としての枡野さんも堪能出来ます!  5年以上前 replyretweetfavorite