重松清、広島・長崎・福島の大学生と「平和」を語る

第2回「知れば知るほどわからなくなる」

僕たちは戦争や原爆や原発事故について、考え続け、表現し続けていくことが必要だし、そうした表現を受け取り続けることが大切だ――重松清さんはそう語りました。メッセージ&フォトブック『No Nukes ヒロシマ ナガサキ フクシマ』(講談社)の刊行を記念して広島で行われた重松清さんの講演には、この本の編集メンバーである広島大学、長崎大学、福島大学の大学生たちも加わり、議論はさらに深まっていきます。
重松清さん、堤未果さんが同書に寄稿したメッセージの特別掲載、井上ひさしさんの「原爆取材手帳」なども併せてお読みください。

多感な時期に3.11を経験した広島、長崎、福島の大学生


重松清(以下、重松) おそらく、ここにお集まりのみなさんは、広島にゆかりのある方がほとんどだと思います。ご自身が被爆されてたり、親の世代、祖父母の世代、ご親戚、友人知人などを含めると原爆と無縁の方はまずいらっしゃらないでしょう。そういう方々の前で広島出身ではない僕がお話するのは、大変僭越なことだと思っています。
 でも、あらためて申し上げておきたいことかあるんです。それは、たとえば戦争、原爆、大津波、原発事故といった本当に深刻な体験というのは、時を経て素晴らしい文学や映画、あるいはマンガなどになって結実することがあるし、そこから新しい世代が受け取っていくものがたくさんあるということです。
 これから僕との座談会に加わってもらう3人の大学生のみなさんは、東日本大震災、福島原発事故という非常に大きな出来事を、もっとも多感な時期に体験しました。そんな彼らに手渡すべきバトンがきっとある、僕はそう信じています。 新しい時代を生きている3人をお呼びしましょう。


新崎さくらさん(長崎大学教育学部3年)

新崎さくら(以下、新崎) みなさん、こんにちは。長崎大学教育学部3年の新崎さくらです。私は沖縄県嘉手納町出身です。町に米軍基地があったことから、基地問題や平和について関心を持つようになり、長崎大学に進学してからは、教員になるための勉強をしながら、平和のための活動をしています。今日はよろしくお願いします。


木村元哉さん(福島大学行政政策学類2年)

木村元哉(以下、木村) こんにちは。福島大学行政政策学類2年の木村元哉といいます。出身は福島県双葉郡で、中学の卒業式が終わって2時間後にあの震災を経験しました。避難生活を余儀なくされ、高校も決まっていた学校に入学できなくなってしまいました。現在は福島大学に通いながら、福島の復興のための活動にも首をつっこんでいます。


福岡奈織さん(広島大学総合科学部4年)

福岡奈織(以下、福岡) 広島大学総合科学部4年、福岡奈織と申します。広島県呉市出身です。大学を半年休学して「おりづるユース特使」としてピースボートに乗船したり、大学生の仲間たちと「はちろくトーク」という被爆者の方との対話イベントを開催したりするなどの活動をしています。どうぞよろしくお願いします。

重松 みなさん、よろしく。では、まず長崎大学の新崎さんに質問です。広島と長崎に原爆が投下された1945年と70年後の今との違いについて、新崎さんは何か感じることがありますか。

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重松清、広島・長崎・福島の大学生と「平和」を語る

『No Nukes ヒロシマ ナガサキ フクシマ』編集部

重松清さんの「ノーニュークス」の思いを知りたい。重松さんは、4月に刊行されたメッセージ&フォトブック『No Nukes ヒロシマ ナガサキ フクシマ』(講談社)に「カタカナの街」という一文を寄せ、核廃絶のバトンを握り、手渡すことの大切...もっと読む

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