私の父は建設会社に勤めるサラリーマン。母は長い間専業主婦だったが、子育てが一段落した頃に自宅や公民館で英語を教える講師の仕事を始めた。父、母、私、妹の4人に、たまに犬、もしくはたまに猫。父が30年ローンで建てた庭付き一戸建てと、トヨタの自家用車。そして年に一度の家族旅行。我が家はまるで絵に描いたような典型的、標準的な80年代の日本の家族であった。実際、父の口癖は「漫画だな」で、家の内外で発生するあらゆる出来事に、もはやこれは宿命かといわんばかりに必ず、漫画的なオチがつくのである。
例えば「お気に入りのイヤリングを片方落とした!」と大騒ぎした母は、その日自分の立ち寄ったあらゆる場所に問い合わせの電話をかけた。しかしどうしても見つからず、がっくりと肩を落としていたところ、なんとその夜、化粧台のアクセサリーケースの中に探していたイヤリングを見つけたのだ。そもそも落としてもおらず、片方をつけ忘れたまま出かけていたらしい。母はすぐさま問い合わせた各所に「すみません、見つかりました」と報告の電話を入れた。「サザエさんしてますね!って言われたのよ」と口を尖らせながら言う母に、父の伝家の宝刀「漫画だな」が発動されるという次第である。
インターネットに痛いポエムを書いていた思春期などは、この我が家のあり方に反発したりもした。人間の生きる意味とか、不条理さとかを嘆きながらセンチメンタルに浸りたいのに、例外なく笑い飛ばされてしまうのである。この家では私の繊細な感情を誰もわかってくれないのだとふてくされた。
ただ、そうは言ってもこの安定した家庭環境の恩恵を自分が十二分に受けてきたという実感もまたあったので、なんだかんだ言ってこのあり方が、家族としてはもっとも理想的なのだという確信もあった。だからどんなに中二病をこじらせても、私もいつか父のような人と結婚して、標準的な、漫画に出てくるような家庭を作るのだということだけは、疑いもしなかった。良いとか悪いとかではなく、それこそがこの家に生まれた者の、逃れられない宿命だと思っていたのだ。
ところが蓋を開けてみると、私の結婚というのは最初から、何一つ予想通りには進まなかったのである。
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