まだまだ欧風カレーは進化の途中
水野仁輔(以下、水野) 欧風カレーは、僕にもまだ謎が多いんですよ。
—— これだけカレーを知り尽くした水野さんにとっても謎が多いんですか?
水野 正解が難しいんです。
—— どういうことでしょう?
水野 とろっとしてコクがある欧風カレーって、日本で発展したものなんですが、いろんな味を重ねていく「足し算」の料理なんです。でも、その足し算の材料が、混沌としすぎていて正解がわからない。たとえば、チョコレート、ジャム、コーヒー、ソースとかの隠し味って聞いたことありませんか?
何かと便利な丸いまな板2種類をはじめとするたくさんのまな板たち
—— はい、あります。
水野 でも、よく考えると、チョコはミルクチョコレートなのか、カカオが多いほうがいいのか。ジャムはなにのジャムなのか、コーヒーなら中煎りなのか、深煎りなのか。それによって違うはずですよね。
—— 漠然と、いろいろ入れるとおいしいらしい、と思ってました。
水野 そうなんです。さらに、スパイスなんですが、インドカレー編でも言いましたが、日本の欧風カレーにはスパイスを20種類とか、30種類とか、とんでもない数を入れます。インドカレーではありえないことです。
—— はい。
水野 インド人シェフに見せると「日本人はいったい何がしたいんだ!」とよく言われます(笑)。
—— 意図がわからん、と(笑)。
水野 でも、欧風カレーの奥行きは、その複雑さであることも確かなんです。そこらへんの複雑さをしっかりと解明しようと、昨年12月に、とうとう「欧風カレー番長」というユニットを立ち上げたんです。そこで今、研究を重ねているところなんです。
無数にならぶ色とりどりのスパイス
—— なるほど。とうとう欧風カレーについてちゃんと考えようと。
水野 僕は、欧風カレーにまつわる「味を足せば足しただけおいしい」という一般論が、いまいち納得がいかないんですよ。いろいろ入れたら、そりゃあその味の分だけおいしくなるのは一理あるかもしれないけど、なんだかぐちゃぐちゃしているなあという気もするんです。なんでもかんでも放り込んで、力でねじ伏せるんじゃなくて、すっきりしていて、洗練されている究極の欧風カレーが食べたいんです。
—— 具体的にどこの欧風カレーがおいしいというのはありますか?
水野 欧風カレーも千店以上は食べ歩いて研究していますが、今のところ僕が考えている理想に近いのが、浅草橋の「レストラン吾妻」ですね。値段はちょっとしますが、すごくおいしいので食べてみてほしいです。
—— どんなカレーなんですか?
水野 炒めたたまねぎをベースに使っていないらしいんですけど、すごく洗練された欧風カレーなんです。
—— へー! 炒めたまねぎを使わないカレーの味って想像できないです。
水野 欧風カレーとたまねぎは切っても切れない関係だと思われていますからね。そのあたりも今後研究していくつもりです。
たまねぎを黒く焦がしても恐れるな
水野 では、つくっていきましょう。まずは下ごしらえからはじめましょうか。
肉から切っていきます。今回は豚の肩ロースを使います。僕はカレーに入れるなら、豚肩ロースが一番よいと思っています。普通のロースよりも肩ロースをオススメします。というのも、ロースは脂身と赤身がきっちり分かれているじゃないですか。でも、肩ロースはサシが入っていて脂身が絶妙に混ざっていて、バランスがよいんです。
—— なるほど。そのぶん、味もコクが増すということですね。
水野 そうです。では、またたまねぎを切ります。今回はみじん切りにしてみましょう。みじん切りのほうがスライスよりも味が深くなりやすいですから。
水野 先に炒めておいて、ふたをしておきます。たまねぎは火にかけて放置しておいて、その間ににんにく、しょうが、りんごをすりおろします。
—— インドカレーと同じで、たまねぎを飴色にするんですね。
水野 そうです。たまねぎは多少焦げても大丈夫なので、あまり気にせず作業しましょう。目安は音です。
—— 音ですか?
水野 こればっかりは、聞いてもらわないとわかりづらいんですが、今はまだ「シャー」となってますよね、これが「パチパチ」という音に変わってきます。「シャー」のうちはまだ見なくて大丈夫です。さて、りんごをすりおろしました。
—— りんご。欧風カレーではフルーツが重要なんですか?
水野 かなり重要です。フルーツの風味と甘さ。インド風のジャム、チャツネなんかも同じですけど、甘さと酸味は欧風カレーの重要なうまみの要素です。一種の隠し味ですね。
—— 鍋の音が「パチパチ」になってきた気がします!
水野 そろそろですね(ふたをあけて混ぜる)。
—— これは……、結構黒いですね。焦げてませんか?
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