タマネギを炒めるのは香ばしさと甘みのため
—— 基本的な質問なんですが、どうしてたまねぎをあめ色になるまで炒めるんですか?
前回つくった、あめ色の玉ねぎ。ここまで炒めるんです!
水野仁輔(以下、水野) 理由はふたつあります。ひとつは「香ばしさ」です。前回、焦がしながらもきっちり火を入れるのを見せたと思います。この焦げる作用は、メイラード反応という化学反応が起こることによって発生します。これによって独特の香ばしさが生まれます。
もうひとつは「甘さ」です。たまねぎは、炒めれば炒めるほど、「甘さ」が強調されるんです。
—— 炒めると甘くなると。
水野 「甘くなる」というのは、ちょっと違うんです。玉ねぎには、炒めなくても、甘みはもともとあるんです。以前、『カレーの教科書』という本で調査したんですけど。
—— ほう。『カレーの教科書』は拝見しました。これは相当マニアックな本ですよね。
玉ねぎの炒め方だけで16ページ!
水野 はい。その本では、切り方だけでも、スライスやみじん切り、すりおろしなど、それぞれで玉ネギを炒めて、その違いを比較しています。炒めたものを専門家に依頼して、成分調査もしました。
—— すごいですよね。
水野 そこでわかったのは、炒める前の生の状態と飴色になるまで炒めた後の状態の、糖度が一緒だったんです。
—— へえー、生のタマネギって甘みは全然感じないですけど、あの中に甘みが入ってるんですね。
水野 そうなんです。炒めることによって辛味とか酸味がなくなるから、甘みが出てくるんです。だから、炒めると甘くなるのではなく、甘みが強調される、が正解なんです。
—— おもしろいなあ。
水野 また、辛味成分が分解されてシクロアリインという物質になり、それがタマネギを炒めてできたグルタミン酸とまざるとコクがでるんです。
—— おいしさも出てくると。
水野 あと、もうひとつポイントがあって、きちんと火を入れると、かさが減りますよね。プロがつくるカレーの多くは、家庭でつくったカレーより、炒めたタマネギが倍ぐらい入っています。
—— なるほど。倍のうまみがはいってるのか。
水野 タマネギもそうですが、具材を炒める時の大切なコツは、その都度、しっかりと水気を飛ばして味を凝縮することなんですね。今からホールトマトを入れますが、これも水分が飛ぶまでしっかりと炒めないとダメです。
—— でも、カレーは最後に水を入れますよね。それでも水分を飛ばす必要があるんですか?
水野 それは素晴らしい質問ですねえ(すごい笑顔で)。普通、そう思いますよね。
—— この質問でこんなに盛り上がるとは(笑)。はい。そう思いました(笑)。
水野 一回一回、水分をしっかり飛ばすのは、水気を飛ばして、それぞれの野菜の旨味を凝縮するためです。材料を入れて水分を飛ばすという作業が3回あったとしたら、一回一回水分を飛ばしてあげないと、おいしくするチャンスを3回逃したことになります。
—— おおー。
水野 材料をだらだらと足していって、最後に水分を一気に飛ばすというのでは、風味がぼやけて全然味が変わってきます。
—— そういうものなんですね。で、実際の作業のときに、水が飛んだという目安とかってあるんでしょうか。
水野 材料を木べらですくうと、鍋底が見えますよね。水分があると、液状の具材がなだれのように崩れてきて、すぐに鍋肌が見えなくなります。でも、水分がなくなると具材がドロドロになってきて、そのまま動かなくなるんです。ほら。
—— ほんとだ!
水野 こういう部分は、作業上の大事なポイントですが、レシピ本ではなかなか伝えにくい部分なんですよね。
—— 確かに本では、「中火で水気がなくなるまでよく炒めます」程度になりがちですよね。
水野 あとは事前に用意した鶏もも肉を入れます。これは各種のスパイスとヨーグルトとにんにくとしょうがをまぜてつけこんであります。鶏肉の皮はとってあります。
—— 事前につけこんであるのは、味を染み込ませるためですか?
水野 そうです。こういうインドカレーは結局、鶏肉のおいしさを味わうのがポイントですから、最初にスパイスとなじませておくといいんですね。それと、肉はあんまり煮込みすぎないようにします。崩れちゃいますから。
—— なるほど。
水野 これでまた水が飛んだら、いわゆるインドカレーのルーのようなものができます。これを4分割して保存して、こっちは野菜カレー、こっちはポークカレー、とか、いろいろ味を変えてつくることだってできます。
—— お店とかではそうやってベースを作ってるんですね。
水野 鶏肉と混ぜていたスパイスですが、今日は基本の4種類がメインで、ガラムマサラというミックススパイスも少し入れています。
—— 基本の4種類のスパイスについて、もうすこし教えてください。
水野 カレーのスパイスの基本は、ターメリック、クミン、コリアンダー、レッドペッパーの4つのスパイスなんです。
—— 意外と少ないんですね。たった4種類か。
水野 十分ですよ。スパイスは多ければいいというわけではないんです。
—— そうなんですか。
水野 日本のカレーはよく、「30種類以上のスパイスを使ってます!」といった謳い文句がありますよね。でもよくよく考えてみてください。20や30も、足せば足すほど、おいしいって本当かな? という気がしませんか。
—— 確かに本格的という印象は受けますが、冷静に考えると、多ければ多いほどおいしいくなるのか、よくわからないですよね。
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