インドカレーはやっぱりインド人のもの
—— 水野さん、カレーの仕込みの間にお時間をとっていただいてありがとうございます。
今日はここで2種類のカレーを仕込んで、明日cakesのオフィスで社員のみんなに披露していただくことになっております。2日間、どうぞよろしくおねがいします。
約20人分のインドカレーと欧風カレーを作ってもらいます
水野仁輔(以下、水野) よろしくおねがいします!
—— 今回は、究極の家カレーを2種類つくっていただくことになりました。ひとつは、インドカレーですね。それともうひとつは、日本で進化した欧風カレーです。
水野 はい。2つとも市販の材料と調味料をつかって、普通の家のキッチンでつくります。今回はその最高のものをということで、少し高度なこともしますが、多くの部分はみなさんのお役に立つ内容だと思います。
—— そもそも「東京カリ〜番長」の名で知られる水野さんですが、いつからカレーに興味をもったんですか?
水野 5歳のときに、地元静岡の「ボンベイ」というインドカレー屋さんでインドカレーを食べて衝撃をうけて以来、ずっとカレーのことばかり考えていますね。
—— 意識されたのが5歳で、それからカレーのことばかり考えていると。やはり普通ではありませんね。そして、同志4人で1999年に「東京カリ〜番長」を結成されたんですよね。それから、東京の名だたるカレーの名店を行脚しつつ、有名カレー店のシェフたちと勉強会などをしていたと。
水野 はい。ぼくらは、カレーならジャンル問わず研究してたんですよ。さらに、2008年からは日印混合料理集団「東京スパイス番長」を結成して、さらに根本的なところまで深堀りする研究会をしたり、年に1回インドを旅してインド料理を現地で学んできたりといった活動もしてきました。
ですが、そろそろ欧風かなということで、「欧風カレー番長」を結成することにしました。
—— カレーに関する著書もたくさん出されてますよね。これまでインドカレーを長年研究してきたわけですが、ここにきて日本で進化した欧風カレーに興味が移ったんですか?
水野 えーと、ですね。それにはまず、インドカレーと欧風カレーの定義からお話しなければなりません。まじめに話すと一晩かかりますので、簡単に話しますね(笑)。
—— はい、簡単でお願いします(笑)。
水野 まず、インドカレーとぼくらは言いますけど、インド人の間では「カレー」と呼ばれるものはないんです。
—— おお。
水野 本当は、インドの伝統的な料理全般を指す言葉なんですね。日本で言うなら味噌をつかったスープを、豚汁からラーメンまで全部まとめて「ミソスープ」といってしまうような感じですね。
—— なるほど。
水野 で、ぼくらは今までずっとインドカレーを研究してきました。おいしいインドカレーをそうとう真面目に探求してきたのですが、ひと通り覚えて一周しちゃったなと思ったんです。インドカレーはもう何千年もの歴史があるので、その洗練された完成形を僕らはもう学べばいいだけで。現地に正解があるというのは自由度が低いかなと。
それに比べて、欧風カレーは日本で発展したものなので、まだ百年くらいの歴史しかないんですね。進化の途中なんです。しかもかなり複雑な進化をしている。
お話を聞きながらも仕込みの手は止まりません
—— なるほどなるほど。欧風カレーは、まだ発展途上で、もっとおいしくなる可能性もあるということですね。
水野 はい。それに、インドカレーはやっぱりインド人のものなんです。僕はインド人の名シェフを何人も訪ね歩いて、レシピや体験談を聞いて回っていますが、どんなにがんばっても、腕の良いインド人シェフには勝てないんですよ。
—— そうなんですか! そんなにくわしくなっても、それでもインド人に勝てないんですか。
水野 そうなんですよ。僕だけでなく、インド人と5年も10年も肩並べて修行した日本人のシェフでも、腕のいいインド人シェフにはまったく勝てないってみんなが口そろえて言うんです。
でも、欧風カレーは日本人が開発した日本人の料理です。しかも発展途上だとすると、これは突き詰めていけば僕らのものになるんじゃないかなって。
—— 確かにラーメンも、もともとは中国のものだったけれど、日本で独自に進化して、今では完全に日本オリジナルのものになっていますよね。
水野 それと、僕も40歳を超えて、この年齢になると自分がやるべきことは何かについて考え始めるじゃないですか。
前々からそういう予感はしてたんです。カレーの活動をずっと続けていたら、いつかそういうステージが来るだろうなって。でも誰も僕におねがいはしてない。それを勘違いするとおかしくなっちゃう。だから自分が面白いと思うことだけをやっていこうというふうに自分に言い聞かせてきたので、あまり使命感とかは感じていなかったんです。
—— そもそも水野さんのカレーへのモチベーションは、好きだから、楽しいからってことなんですね。
水野 はい。でもそろそろ、元気なうちにどれだけのことができるかということを考えるようになるんですよ。そう思うと欧風カレーは誰もやってくれないし、これは僕がやっておかないと死んでも死にきれないと思うようになったんです。
—— なるほどなあ。2020年の東京オリンピックで、世界中の注目が日本に集まるときには、選手村の食事に、ジャパニーズカルチャーの代表として欧風カレーが入っているといいですよね。
水野 選手村で出したいですね! そこでインドカレーだしても、世界の人々はなんで日本に来てわざわざインドカレーを食べなきゃいけないんだってなりますからね。
欧風カレー=ジャパニーズ・オリジナル・カレー
水野 欧風カレーは世界で勝負ができるんですよ。日本のカレーだから。「欧風カレー」っていうのは、「ジャパニーズ・オリジナル・カレー」だっていうことが、日本人にさえあんまり認識されていないんですよね。日本のラーメンはそういう認識があるけど、欧風カレーにはない。
名前がややこしいんですけどね。欧風カレーというと、ヨーロッパ由来じゃないかと思いがちなので。でも欧風カレーはヨーロッパにはないんです。これは日本で発展したもので、例えば、チェーン店のココイチなんかのカレーも、基本的に小麦粉を使ってとろみをつけている時点で、欧風カレーの仲間ですし、家庭でつくるルーを使ったカレーも100%欧風カレーです。そういうのはすべて、繰り返しになりますが、ジャパニーズ・オリジナル・カレーなんです。
次回からの仕込み編では、「飴色タマネギ」の炒め方が披露されます
—— ラーメンはその壁を乗り越えましたよね。そして日本のものとして、海外に進出していきましたよね。ニューヨーカーでも飲んだ後のシメに食べたりするらしいですし。
水野 カレーは、いつもラーメンを5年から10年遅れで追いかけているんですよ。例えば、コンビニのご当地ラーメンとかが出始めて、何年もたってから有名シェフが監修したレトルトカレーとかが出始める。
去年、ラーメン店の一風堂は、政府のクールジャパン運動の援助もあって、パリとロンドンに出店してるんですよ。その前からパリはラーメンブームなんです。だからカレーもいけると思うんですよ。
—— 今、外国人の間で日本の欧風カレーの評判ってどうなんですか?
水野 普通に日本のルーでつくってカレーを食べさせるとうまいっていうんですよ。みんな。今の時点でじゅうぶんにうまいって。
—— はい。それは、おいしいですよね。
水野 でも、インド人に食べさせると、うまいけど、これはカレーじゃない何かだって言われますけど(笑)。
—— (笑)
水野 欧風カレーは、万国共通でうまいんですよ。ただそれがやっぱり食べておいしいということと、食文化として海外に打って出ていけるかどうかということはまた違う問題ですよね。それにはひとつ上のフックとか魅力が必要なんです。
—— ラーメンはそこをクリアしたわけですよね。
水野 はい。だから、カレーについてそこを考えるのが、これからの僕の仕事だと思います。
次回「究極のインドカレー前編 飴色のタマネギには焦がす勇気が必要?」は5/19(火)更新予定。
構成:神田桂一
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