コドク共有

都会島のミラージュ [ACT3-6]

義人は自身と似た境遇の子供たちの話を聞いてあげられるようになってはいたが、一方で、まだ自分の心の内を人にさらけ出すことができないでいた。だが、大石の悩む姿が自分の父親と重なるにつれ、堰を切ったように大石に心の内を語り出すのだった......

 ディナークルーズの船からは、あの時と同じようによく知られたジャズのスタンダードナンバーが聴こえていた。

 これから船はハドソン川をゆっくりと北上し、たしかセントラルパークを超えたあたりでユーターンをして、ここからもうすこし南にある桟橋に戻ってくるのだ。四年前オレとお袋は、あの船のデッキで凍えながらこの川沿いの公園の灯りを見ていた。

「このあたり、前はかなりやばいところだったらしいです」

 オレは船を見つめたまま、ベンチで隣に座る大石さんに言った。

「今はもう、ハイラインとかいう注目のスポットも近くて。すっかりおしゃれになっちゃってますけど」

「ニューヨークを舞台にした映画も、時代とともにずいぶん変わっていくね」

 オレの情報は、すべて映画から来ていると思われているようだった。それをただす必要もなかったが、今のオレは腹に思ったことをすこしも止めておきたくない気分だった。

「調べたんです。四年前、ニューヨークに来ることになった時。親父がこのマンハッタンに来たころは、いったいどんなだったのかなって」

「たしか柏原くんのお父さんは、市会議員だったよねぇ。何かの研修だったとか?」

「議員になるずっと前のことです。カメラマンになりたかったみたいなんです」

 大石さんは北へ進む船を見つめていた。もういつものように穏やかな目をしていた。理知的で、几帳面で、天才的に絵がうまく、後輩の面倒もよくみる。原画を回収に何度か家にもお邪魔したが、二人の息子のよき父親であり、奥さんとも仲がよさそうだった。

「カメラマンかぁ。この街は、絵になるとこたくさんあるもんなぁ。四年前は、お父さん一緒じゃなかったの」

「親父は、もういないんです」

 そのことに何の罪もない人に、咎めるような言い方になっていた。大石さんが喉の奥で何かを詰まらせたような音を漏らした。

「オレとお袋が親父がカメラマンになりたかったと知ったのが、四年前なんです。死んだのは、ずーっと昔で」

「––––––そうなんだ」

「お袋、それまで遺品をずっと整理できなくて。で、やっと片付けだしたら、蔵の奥に、この街を撮った写真がどっさり出てきて。お袋、すげぇー驚いて」

「だろうなぁ。ふだん、写真が好きだとか、そういう素振り、見せなかったんだ」

「はい」

 船上のディナーは、次第に盛り上がってきたようだった。音楽がダンスミュージックに変わり、客のはしゃぐ声が夜空に飛んだ。あの時と同じタイムスケジュールで、船は業務をこなしていた。

「お袋、遺品も手ぇつけられなかったぐらいだから、親父の遺灰もずっと家に置いたままになっていて」

 オレは船のきらきらとした照明を見ていた。同じものでも、見ている場所と気分とでずいぶん違う。あの晩船のデッキで見た時はあんなに暴力的に眩しかったのに、今は田舎の川に浮かべた送り火みたいに見える。

「で、親父がそんなにニューヨークで写真を撮りたかったのなら、遺灰を連れてってやろうって」

 大石さんが、風に消えてしまうような声で言った。「それが四年前・・・」

「はい。オレたち、英語もアメリカの法律も分かってないから。それに格安チケットで来てるから、時間もないし。で、あの船に乗って・・」

「え?」

「ダンスで盛り上がってるアメリカ人に紛れて、親父の遺灰、この川に撒いてきちゃったんすよ」

 大石さんに笑おうとして、それは中途半端に固まった。大石さんが呆れたように、口を開けていた。

「滑稽っすよね、今考えてみれば。迷惑な日本人親子っすよねぇ」

「あ、いや・・・」

 その後の話をしようかするまいか、オレは一瞬迷った。だが迷ってるうちに、口をついて出ていた。

「親父、オレが小学校の時、自殺したんです」

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コドク共有

寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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コメント

AkikoShiragami 「いい人やめて。逃げ出せばよかったんですよ。いい人やってたから、親父、逃げ遅れちゃったと思うんです!」 4年以上前 replyretweetfavorite

corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の 『コドク共有』第14回「 」が更新。 ありし日のニューヨークの記憶が、彼のコドクを開く。 http://t.co/lPMQCu3nra http://t.co/kHQj9m6dir 4年以上前 replyretweetfavorite