その人は、テレビで見たよりひと回りもふた回りも小さい人だった。
しかも大柄なアメリカ人に混じると、知能の高いひ弱な異星人キャラに見えなくもなく、透明感のある光を周囲に放っていた。わずか十数年で
「怖ぁ、ジョイスのヤツ、マジ怒ってる」
マリオがぴょんぴょんと障害物を潜り抜けるようにして、福寿さんがオレと大石さんのところに戻ってくる。両手にはビールのジョッキを持っていたが、泡はすっかり消えていた。「アメリカ人はビールをつぐ時、日本のように円やかな泡を作ろうなんて考えもしないですからね。きちっと言ってやりますよ」そう言ってお代わりをもらいに行ってくれたのだが、戻る途中でジョイスたちに捕まってしまったのだ。
「すいません、せっかくうまいビール呑んでもらおうと思ったのに」
ジョッキを大石さんに渡し、「柏原くん、ほんとに酒、だめなのかい?」と訊いてくる。
「付き合い悪くてすいません。コップ一杯が致死量です」
福寿さんと大石さんが笑ってくれて、すこしほっとする。実際さっきから、どう振る舞ったらいいのか分からないでいた。ジョイスたち主催者グループが開いてくれた歓迎会。大石さんのようにアニメ界で知られた人は他の招待客とも話ができるし、大石さんと話したいアメリカ人は引きも切らない。だが酒も呑めない英語も出来ないオレは、パーティ下手の日本人の見本のように大石さんに張りついているだけだった。
「ジョイスが怒ってたって、いったいどういうことです?」
大石さんが訊いた。
「いやぁ、うちで大石さんを捕まえちゃったからですよ。これで俺たちの計画は白紙になっちゃったじゃないかって」
福寿さんはアメリカの大学に通っているころから、ジョイスと交流があったそうだ。さっき大石さんに挨拶に来たジョイスが、Come.tと仕事をしていると訊いて目を剥いた。そして明らかに落胆して、向こうへ行ってしまったのだ。
「じつはジョイスたち、結構マジでANIMEを作ろうとしてましてね。日本人のプレプロのスタッフさえ雇えれば、自分たちの気に入るANIME ができるって考えてるんですよ」
福寿さんが言うANIMEというのは日本製のアニメのことで、アメリカのファンはディズニーなどのアニメーションとは分けて、敬意をこめてこう呼ぶらしい。作品の要になる日本人クリエイターさえ雇えれば、アメリカ人にも日本テイストのANIMEが作れるという論理だった。
「それで、大石さんに参加してもらいたかったんですね」
「そういうこと。もう、泣きが入っちゃってたよ」
福寿さんはそう言って笑うと、ビールを喉に流し込んだ。
「でもジョイスたちは、どうしてそんなに日本のアニメにこだわるんですかね」
大石さんがコースターの裏に何か描きながら言った。さっきアメリカ人からさんざんサインを頼まれた時に、店が何枚ものコースターを提供してくれたのだ。
「それは彼らが初めてANIMEの洗礼を受けた時、もの凄い衝撃を受けたからでしょうね。癒されたというか」
「癒された?」
オレは思わず口をはさんだ。
「うん。当時の・・いやそれは今のアメリカでも同じだと思うんだけど。アメリカの若者たちは、ある意味追いつめられているんじゃないかなとぼくは思うんだよ」
福寿さんの分析は、アメリカ映画を見まくってきたオレには、わりあいストンと理解できる内容だった。
アメリカの子供たちは、映画ではよくドライに描かれることが多い。大概両親は離婚しており、だが子供たちは少しもそれを気にするふうでなく、「ママは早く新しいボーイフレンドを見つければいいよ」みたいにいかにも自立している。子役が演じるアクション物では、大人顔負けの芝居を見せ、子供扱いされる存在とは無縁に描かれる。だが実際の多くのアメリカの若者たちが、そんな映画の登場人物のように格好よく生活を送っているかというとそんなことはない。学校ではいじめに合い、本当は甘えていたいのに親からはさっさと自立しなさいと距離を置かれてしまう。友だち同士の付き合いにしても、同じような環境にいる者同士、笑顔を交わし合ってはいるものの、心の中ではどこまで踏み込んでいいのか分からないでいる。
「つまり孤独だったんですよ。そんな彼らは、日本のアニメの底辺に流れる・・そう浪花節とでもいうかな、そういう心情的なドラマにぐんぐん惹かれていった・・」
「なるほど、それで、癒されたと」
大石さんが自分の言葉に頷くようにして呟くと、新しいコースターにシュオンの顔を描きだした。拾いあげた野花を俯き加減に見つめている、そんな少女がたちまち浮かび上がってくる。
ナニワブシという言葉は、ずいぶん久しぶりに耳にした気がした。だが不思議と、違和感はなかった。
「オレ、それ、凄く分かる気がします」
「お、良かった。日本の若者にも、まだ浪花節が分かってくれる人がいるんだねぇ」
福寿さんは大石さんと笑い合い、残りのビールを呑み干した。
親父が死んでしまってから、オレはアニメを見て閉じこもった。録り溜めたビデオを繰り返し繰り返し見ることができたのは、ヒーローが必殺技を繰り出すシーンを見たかったからじゃない。アニメには、友情、親や兄弟たちとの愛情、淡い恋愛感情、さらには人類愛といった今考えれば恥ずかしくなるような臭い人情噺が、手を変え品を変えて盛り込まれていた。ガキのオレは、現実には決して手に入れられないそうした情愛にすこしでも長く浸っていたかったのではなかったか。
オレは福寿さんの話を訊いて、前から思っていたことを話してみたくなった。
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