ドイツ軍突破作戦のゆくえ

第二次世界大戦当時、22歳にして陸軍中尉にまで出世し、200人の兵士を指揮する立場だったルネおじいちゃん。休戦の報せを聞いても、戦いをやめずにドイツ兵の包囲網突破作戦を実行することを決めました。ルネおじいちゃんは一体どのような方法で包囲網を突破しようとしたのでしょうか。(初回はこちら

 それは命令ではなく、ルネおじいちゃん自身の選択だった。

 1940年6月17日。当時のフランス政府を率いていたペタン元帥は、ラジオで「フランス人よ、戦いをやめよう」との演説を行った。正式な休戦条約が結ばれていないにもかかわらず、である。名前こそフランスと呼ばれても、当時のフランス政府はすでにドイツの手に落ちていたのだ。しかしこれを良しとしない人たちももちろんいて、その翌日には、「フランス人よ、戦い続けよう」と呼びかけた、シャルル・ド・ゴール将軍の歴史的な演説が行われた。

 とはいえどちらの演説も、戦いのさなかにいたルネおじいちゃんの耳には入らなかった。混乱が続く中、おじいちゃんは自分自身で見抜いていたのだ。ナチスの罠に落ちず、戦い続けなければならない……と。

 同じ「フランス軍」の中にも、それぞれの選択があった。

 表向きには英雄と讃えられながらも、ナチスドイツの手を逃れられなかったペタン元帥。

 一見負け犬のようにロンドンへ逃げてなお、反旗を翻したシャルル・ド・ゴール将軍。

 そして、ドイツ兵に包囲された状態で休戦の報せを聞いても、戦いをやめずに包囲網突破を決意したルネ中尉。

「武器を捨てて捕まるより、俺は自由に向かって走る。ついてきたい者だけがついてこい!」

 200人の兵士を前にそう言った時、ルネ中尉は22歳だった。その言葉は今、90歳を超えたルネおじいちゃんを通して聞いても、まっすぐな強さに貫かれている。

 相変わらずルネおじいちゃんは、話を聞いているだけの私たちよりもずっとお酒の進みが早い。そのうえちっとも顔色が変わらないのだ。おじいちゃんは、グラスのワイン—ルネ夫妻の合言葉で言えば“お水”—で喉をうるおすと、人差し指を1本立てた。

「約100人。突破作戦に加わると申し出てきたのは、約100人だった」

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ルネおじいちゃんと世界大戦

牧村朝子

第二次世界大戦終戦から、今年で70年。「戦争」という言葉を聞いて、みなさんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか? 日本人にとっての戦争は、映画や教科書や遠い国のニュースの中のものとなりつつあります。そんな中、フランスで国際同性婚を...もっと読む

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コメント

chaitea925 22歳の陸軍中尉はドイツ軍を突破したのですよ、映画みたいに 4年以上前 replyretweetfavorite

nijuusannmiri 「Non, non(いやいや)。メデタシ、なんかじゃないぞ」 4年以上前 replyretweetfavorite

kabothomas 「武器を捨てて捕まるより、俺は自由に向かって走る。ついてきたい者だけがついてこい!」 4年以上前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu ドイツ軍の包囲網を突破するため、22歳の仏軍中尉がとった行動とは?ノンフィクション「ルネおじいちゃんと世界大戦」更新です! ▼ 4年以上前 replyretweetfavorite