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親父の見た夢 [ACT3-2]

義人は、作画監督の大石の「夢」に関する独特の捉え方をどうしても理解できなかった。そんなおり、義人は大石についてニューヨークで開かれるアニメフェアに同行することとなる。そしてそのニューヨークには、若かったころの父親のある秘密が隠されていた......

「どうした?」

 大石さんが鉛筆を止めて、オレを見ていた。

「あ、いや。シュオンのような育ち方をしてきた子が、夢だとか、なんかそういうものを抱けるのかなぁって・・」

「うーん、夢、持つんじゃないかなぁ。人間って、どんな絶望的な状況であっても、たとえばああしたい、こうしたい、こうなりたいっていう願望がふつふつふと湧き上がってくるんじゃないか。それだけ夢っていうものは、人間にとって持て余してしまうぐらい面倒な存在の気がするんだよ」

「面倒すか?」

 夢と面倒という言葉が、結びつかなかった。

「うん。夢なんて見ない方が、ずっと楽さ。夢は追えば追うほどキリがない。そのどこまでも続く広大な夢の大地に立ってみなよ。いつか死ぬ人間には、地獄の辛さだ」

 オレは、大石さんが突然何を言い出したのか分からなかった。

 その目はオレに向けられていたが、オレを通り抜けてもっと遥か彼方のものを見つめている気がした。それは、夢の入り口でぐずぐずしているオレなんかと違って、いくつもの夢を実現してきた大石さんでさえ、はっきりとは捉えることのできない何かの幻のようだった。

 その時、「いいですかね?」いつ間にか入り口に立っていたファンくんが声をかけた。手に、原画用紙を持っている。

「おお、いいよ。どうぞ」

 大石さんが招き入れると、ファンくんは描いてきた原画を大石さんの前に置いた。

 制作進行をやって生計を立てている彼は、時間の隙間を縫うようにして原画の勉強をしている。そのため四六時中大石さんを追いかけている。大石さんは彼に捕まるたびに、習作の原画を丁寧に検分し、細かい修正を指示していく。

 制作進行は末端の仕事だが、アニメ制作の頭から尻まで叩き込まれもする。そのため進行からデスク、プロデューサーとなっていったり、ファンくんのようにアニメーターを目指したり、または各話の担当演出から監督を目指すといった様々な道が開けている。要は才能次第、本人の気持ち次第だ。夢を抱けないヤツには、存在理由も限られてくる。

 オレはふたりの邪魔をしないようにソファに戻り、ノートパソコンを膝にのせた。

 会議室の高い天井には、閉じたガラスの天窓があった。昔は、もうもうと立ち上る煙草の煙を逃がしたらしい。夕方に近づいた陽が、その窓の向こうに肌寒くなった空気を置き去りにして、ゆっくりとオレたちを包み込むように降りてきていた。その長閑さがなんだかオレをざわつかせ、さっきやりかけていた仕事に集中できなくさせていた。大石さんの助言をひと言も漏らすまいとするファンくんの熱エネルギーが、火砕流のように迫ってくる。オレにはそれを押しとどめたり、押し返したりする力はない。東京アニメではこの比較的大きな部屋で、大石さんとファンくんの生命反応だけがはっきりと確認され、オレはまるで体温が感知されないほどの微生物に過ぎない気がした。


 翌週、大石さんはニューヨークに行くことになっていた。

 現地で開催されるANIMEフェアの特別ゲストに招かれていたのだ。オレはそのことでプロデューサー室に呼び出され、大石さんについて渡米するように言われた。そしてこんな密命を受けることになった。

「いいか、大石さんを無事に連れて帰るんだぞ」

 何言ってるんすかと言うオレに、いつもは親会社からクレームがきても一向に動じない人が、恐ろしくマジな顔で言った。

「大石さん、前に突然いなくなっちゃったことがあるんだよ」

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寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の『コドク共有』第10回「」が更新。 NYには、若き日の、義人が知らない父親の姿があった... https://t.co/xGc8iUmKBo http://t.co/o9pMwWb4WV 4年以上前 replyretweetfavorite