渡辺由佳里
ある社交クラブでのクリスマス
お金持ちだけが入ることのできる会員制社交クラブのクリスマスパーティーに参加した渡辺由佳里さん。他の女性たちは毛皮のコートや高級なドレスを着て、いかにもリッチな出で立ちだったそう。しかし、そのパーティーで人間観察をすることでわかってきた、お金持ち達が味わう社交シーンでの苦労とは?
目の玉が飛び出るほどの高価なドレス
アメリカのお金持ちの悩みはまだまだあります。
私がそれを知ったのは、数年前の冬のことです。
なだらかな丘を車で登って行くと、ホワイトハウスを横長にしたような白い建物が見えてきました。正面入口の前のアーチ型ドライブウェイにはメルセデス・ベンツGクラス、ポルシェ・カイエン、アウディR8といった高級車が並んでいます。夫がその列の後ろに車をつけると、制服を着た肌の浅黒い男性が近づいてきて車のドアを開けてくれました。
車から出て寒気に震える私を、彼は笑顔で迎えてくれました。
「フェリッツ・ナビダッド!」
意味がわからず戸惑って周りを見渡すと、正面の扉の両脇に並んだ制服の男性たちが口々に来客に声をかけています。
「フェリッツ・ナビダッド!」
前に並んだ車から出てきた人々を見て、私は自分が着ている古ぼけたコートを突然後悔しました。 近年の動物愛護ブームで悪者になった毛皮のコートが、ここでは堂々と受け入れられているようです。長毛のフォックス、柔らかそうな黒テン、つやつや光るミンク……。毛皮やデザイナーブランドのカシミアコートの後に、ディスカウント店で買った私の古いコートを預けるのは気がひけます。つい、コート係に「アイム・ソーリー」と謝りそうになりました。
ここは、コネチカット州グリニッジにある会員制社交クラブ「グリニッジ・カントリークラブ」。私たちは家族のクリスマス・ディナーにやってきたのです。
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この連載について
渡辺由佳里
「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む
著者プロフィール
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家。助産師、日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、1995年よりアメリカ在住。
ニューズウィーク日本版に「ベストセラーからアメリカを読む」、ほかにFINDERSなどでアメリカの文化や政治経済に関するエッセイを長期にわたり連載している。また自身でブログ「洋書ファンクラブ」を主幹。年間200冊以上読破する洋書の中からこれはというものを読者に向けて発信し、多くの出版関係者が選書の参考にするほど高い評価を得ている。
2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。著書に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)、がある。