ナマケモノになろう
話はまたナマケモノに戻る。
あまり動かないことを戦略にしているはずのナマケモノだが、逆に、大きなリスクをおかして動くこともある。
謎の多かったミツユビナマケモノの生態の中でも特に不思議だったのは、その排泄行動だ。7、8日に1度、ゆっくりと木の根元まで下りてきて、小さな尻尾(しっぽ)のあるお尻で地面に浅い穴を掘って糞をする。1週間に1度というペースの遅さにも驚くが、不思議なのは、排泄のたびに地面にわざわざ降りてくることだ。もし天敵に見つかれば、これほど動きが遅く無防備な動物はすぐつかまって食べられてしまうだろうに。どうしてこんな危険なことをするのだろう。
近年わかってきたのは、ナマケモノが、自分の食料である葉っぱを供給してくれる木の根元に糞をして、もらった栄養をなるべくその同じ木に返そうとしている、ということ。つまり、自分を育ててくれる木を、逆に支え、育てているというわけだ。「環境にやさしい循環型のくらし」とはまさにこういうものだろう。どうやら、ナマケモノは怠けているのでも、バカなのでもないらしい。
人類学者のウェイド・デイヴィスによれば、アマゾンのような熱帯雨林では、すべての植物の根の先端の9割以上が、地表から10センチの間にあるという。つまり、根が必要とする養分のほとんどがそれほど浅いところに集中しているということだ。熱帯の森を歩いていると、よく、大きな木が根こそぎ倒れているのが見られる。根っこの部分が平たい円盤状をなしているのは、その木が地表すれすれに横へと根を広げていたからだ。根を地中深く伸ばさない熱帯の木々は風に弱い。
多様な生き物が栄え、生命力に溢れる熱帯雨林だが、実は、その土壌は極めて貧しく、植物の生存を支えられるのは地面のごく浅い部分にすぎない。その理由は、地面に大量に有機物が落ちるにもかかわらず、高温多湿のため、その大部分がすぐ分解されてしまうので、土を肥やすことがないからだ。例えば、サルは木の上から排泄するが、その糞は土の中の微生物によって分解されて、根を通して植物に届けられることはほとんどない。
そう考えると、ナマケモノの排泄行動の意味がわかる。ある研究によると、彼らはあの独特な、一見愚かな、排泄行動によって、自分が1本の木から得る栄養の半分を確実に同じ木に返しているという。つまり、ナマケモノは、ぼくたちが循環型の暮らしと呼ぶ生き方を実践することによって、自分が頼りにしている木の生存を助け、またそれによって同時に、自分自身の生存を保障しようとしている。
どこから見ても弱虫のように見えたナマケモノが、実は「生存」という基準から見れば、なかなかの強者(つわもの)らしいのだ。
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