勘違いさせないようにしなくちゃ。利用価値のある男ほど、図に乗りやすい。

嫉妬、執着、野心。初めて描かれる“女子アナ”たちの衝撃のドラマ! 小島慶子さんの処女小説『わたしの神様』(幻冬舎)を7日間連日で特別掲載します。
第7回は、恋人を想いながらニュースを読み上げる女子アナの胸のうち。元女子アナだからこそ描けた華やかなテレビ局の舞台裏、そして“女子アナ”たちの強烈な素顔が浮かび上がります。野心と美貌を宿した女たちのバトルをご堪能ください。

「このあとは、注目の米中首脳会談の最新情報です」

 切れのいいヴァイオリンの音色が駆け上がるのに合わせてカメラが引くと、微笑んでカメラを見つめる仁和まなみの背後のモニターに、両国のトップの顔が大きく映し出された。ぴったりと揃えて流した脚にベージュのパテントのパンプス。ポインテッドトゥの先端が、ちょうど画面右下に表示された「ウィークエンド6」の番組ロゴを指していた。

 スタイリスト代、出てるんだ、とアリサは目を凝らした。私のは垢抜けない、聞いたこともないメーカーの靴だった。黒と茶色の二足をロッカーに常備しては使い回して、会社が用意する安い衣装に合わせていたのだ。メインキャスターなのだから、専任のスタイリストをつけて欲しいと申し出たアリサに、プロデューサーの藤村はにべもなかった。

 それなのにまなみは、いかにも洗練された装いをしている。いくら人気者でも、局アナは会社員だ。衣装代の予算も決まっている。まして報道では、必要最低限の予算しかつかないのが通常だ。でも今日の白いスーツもパンプスも、なんだかすごくおしゃれだ。きっとまなみは特別扱いなのだろう。バラエティーの人気番組ではまなみに専任スタイリストをつけたと聞いているから、同じ人物が担当しているのかも知れない。

 リビングの床に置いた大きなビーズクッションに身体を預けて、アリサは食い入るように画面を見つめていた。臨月に入ったお腹がせり上がって、胃や肺を圧迫している。立っても座っても、寝ているときすらも苦しくて、何をするのも億劫(おっくう)だ。投げ出した足はパンパンにむくんでいる。傍らには、届いたばかりのベビー用品が包装をかけたまま置いてあった。産休に入って最初の土曜日、夕方6時。見ないと決めていたのに、やっぱり見てしまった。

 リニューアルした「ウィークエンド6」は、オープニング映像や音楽、ロゴに至るまで新しくなっている。セットも以前より奥行きが出て、きらきらと明るい。それとも、私がスタジオの照明じゃなくて、リビングのくすんだ明かりの下にいるから、余計に眩しく感じるだけだろうか。

 赤ちゃんの目に蛍光灯のちらつきはよくないと言って、(しゅうとめ)の房江が邦彦に家中の明かりを替えさせたのだ。どの部屋の明かりも、温かいオレンジ色になった。この慈愛に満ちた光の下で、私、いいお母さんにならなくちゃ。テレビの液晶画面だけが興醒(きょうざめ)めな青白い光を放って、アリサの丸い腹を照らしていた。

 それにしても臨月になるとびっくりするぐらいせり出すとは聞いていたけれど、これほどお腹が重いとは。内側から押されて完全に裏返ったへそから、すっかり腹の死角になった陰部に向かって薄茶色い産毛の筋ができたのを浴室の鏡で発見したときには、我ながら幻滅した。

 アリサはビーズクッションからずり落ちた体勢を立て直すと、お腹が邪魔して手が届かなくなってしまった足の指を何度も曲げたり伸ばしたりした。ボルドーのペディキュアがまだらに剥げ落ちている。早くサロンで塗り直してもらわないと。分娩台(ぶんべんだい)で、助産師に見られるかも知れない。ニュースキャスターのくせに案外だらしない女だったなんて言いふらされたら、心外だわ。

 CM明け5秒前、4、3、2。画面に大きなタイトルロゴが翻る。「ウィークエンド・フォーカス!」エコーのかかったタイトルコールに合わせて、クレーンカメラが振り下ろされ、まなみの正面でぴたりと止まった。入念なリハーサルを繰り返しただけあって、スタッフの呼吸も合っている。

「新しくなった特集コーナー、ウィークエンド・フォーカスです。今週は、注目の米中首脳会談について。まずは、ワシントンの吉田記者からの報告です。吉田さん?」

 中継画面に切り替わると、中年の記者が棒読みで報告を始めた。

 まなみはいつもより低く、柔らかな声で喋るように心がけている。米中首脳会談はまなみの人生にとってまるきり他人事だが、声や表情で、いかにも思い入れがあるように演じることはできる。

 ニュースキャスターに、ジャーナリスティックな才能なんて必要ない。ただ、それがいかにも一大事であるかのように演じる感性があればいいのだ。キャスターの顔を見た視聴者が、自分が時代の最先端にいると感じることができればそれでいい。番組を見終わったときに、幾分賢い人間になったかのような気分になれれば、人は満足するのだから。

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わたしの神様

小島慶子

嫉妬、執着、野心。初めて描かれる“女子アナ”たち衝撃のドラマ! 元TBSアナウンサーで現在ラジオパーソナリティーやタレントとして活躍中の小島慶子さんが、処女小説『わたしの神様』を上梓しました。cakesでは、本日より7日間連続で特別掲...もっと読む

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コメント

0501Can #小島慶子 #わたしの神様 約4年前 replyretweetfavorite

0501Can #小島慶子 #わたしの神様 約4年前 replyretweetfavorite

miki_524 小島慶子さんて やっぱり天才だ(*≧艸≦) https://t.co/K1jhQ5pCGg 約4年前 replyretweetfavorite

t_udagawa 元「女子アナ」小島慶子さんの書く「女子アナ」の物語。気になる。 約4年前 replyretweetfavorite