「6月から佐野が産休に入るので、後継キャスターに仁和まなみを起用する」
毎週恒例の会議でプロデューサーの藤村がそう発表したとき、若手のスタッフの中にはおっ、という顔をして目配せをする者たちもいた。まなみはスタッフ受けがいい。人気者となってからもスタッフへの気配りを忘れず、目が合えばえくぼを見せてニコッと笑うのでファンが多いのだ。
「まなみは、佐野の何年後輩だっけ?」
藤村は、そんなスタッフの反応に複雑な思いでいるアリサに尋ねた。藤村はまなみを採用のときから高く評価し、入社してからもなにかと機会を作っては目をかけている。かつて朝の情報番組で人気アナウンサーを何人も育てた藤村は社内の敏腕スカウトマンのような存在で、男女を問わず、藤村に起用してもらおうとする局アナが多い。アリサは、藤村がことあるごとにまなみの話をするのが面白くなかった。
今回の交代だって、藤村が決めたことだ。アリサは育休が明けたら番組に戻りたいと希望したのに、聞き入れられなかった。子持ちは現場が気を遣うから勘弁してくれ、とはっきり言われたのだ。子どもが熱出したりいろいろあるだろ、正直使いにくいんだよ、と。
「7期下です。彼女、今年で28だと思います」
「おいおい、年は言わなくてもいいのにネガティブキャンペーンかよ」
藤村は悪ふざけを言ったつもりだが、アリサは笑えなかった。
「すみません、彼女、私がこの番組を始めたときと同じ年なので。他意はありません」
「そうかあ、あのとき佐野も20代だったんだなあ。おまえ、今年でいくつ?」
アリサは、こういうときだけ
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