女の敵は女だ。悪意を正当化する女ほど手のつけられないものはない。

嫉妬、執着、野心。初めて描かれる“女子アナ”たちの衝撃のドラマ! 小島慶子さんの処女小説『わたしの神様』(幻冬舎)を特別掲載します。
第2回は、育児休暇をとる女子アナの葛藤。元女子アナだからこそ描けた華やかなテレビ局の舞台裏、そして“女子アナ”たちの強烈な素顔が浮かび上がります。野心と美貌を宿した女たちのバトルをご堪能ください。

 表紙で笑っている仁和まなみを見ないようにしながら、佐野アリサは週刊誌を開いてコピー機に載せた。吐き出された紙には、太字の見出しで「誰も教えてくれない予防接種の真実」と書かれた記事が印刷されている。子どもを産んだら、たくさんの予防接種を受けさせなくてはならないと知った。どれくらいのリスクがあるのか、知っておかなくては。母親たちの不安を取材して、専門家にぶつけてみようか。母親ならではの視点で取材できるのは、私だけなんだし。しばらく報道班には戻れないとわかっているのに、こんなことを考えてしまうなんて、私は根っからのキャスター気質だわ……アリサは自分に()れ直すと、コピー機から週刊誌を取り出し、裏表紙を上にして閉じた。最新号置き場には戻さずに、バックナンバーと書かれた下部の引き出しに放り込む。がしゃん、と重い音を立てて引き出しが閉まった。いつもは反動で少し開くのだが、今日は一度でぴたりと閉じた。

 軽い足取りでデスクに向かうと、アリサは机の整理の続きを始めた。

「佐野さん、育休明けたらまた戻って来るんだからそんなにきれいにしなくたって。それとも、これを機にフリーに、なんて考えてるんですか?」

 庶務の金井(かない)祐人(ゆうと)が弁当から顔を上げて尋ねる。

「やめてよ、そんな度胸も根性もないわよ。だいたい、二桁いったら終身刑よ」

「何ですか、それ」

「10年以上会社にいたら、もう辞められないってこと。正確に言うと、それまでに芽が出なかったら、フリーなんて無理ってことね」

「ふうん。そんなもんですかねえ」

 金井は弁当に視線を戻すと、再び精力的に食べ始めた。

「そうよ、玉名小枝子(さえこ)ちゃんも浅井香織ちゃんもみんな、たった5年とか7年しか会社にいなかったのよ。最初から長くいるつもりもなかったんでしょうけど」

 アリサはかつての同期の名前を挙げた。女3人で入社した同期アナウンサーのうち、12年()った今でも会社に残っているのは、アリサだけだ。さっき引き出しの奥から、新人研修の集合写真が出てきたのを足元の紙袋に放り込んだばかりだった。あとでまとめてシュレッダーにかけよう。

「でも、二人とも最近あんまり出てないですねえ。僕はテレビをそんなに見ないので詳しくないですけど。あ、でも佐野さんのニュースは毎週見てますよ。おめでたいことですけど、交代は残念です」

「ありがとう。復帰したらまた報道班に戻りたいって、部長にもお願いしているの」

 毎週土曜の夕方6時からのニュース番組「ウィークエンド6(シックス)」は、アリサがキャスターになってから7年になる。視聴率が振るわなくなったのでそろそろ終了かと(うわさ)されていたが、ちょうどアリサの産休を機にキャスターの交代が決まった。アリサにしてみれば、出産という大義名分ができて、数字が落ちて降板という屈辱を味わわずに済むのが救いだったが、後味は悪い。だから若くしてフリーになった同期の女たちを最近はあまり見かけない、という金井の言葉に少し気をよくした。

 アイドル顔負けの容姿でバラエティー番組を席巻した小枝子、(そろ)えて流した足がセクシーだとスポーツニュースで大人気だったモデル出身の香織。二人とも20代でもて(はや)されて、いくつもレギュラー番組を持った。アリサが深夜放送のチャリティー朗読会の収録で全国を回っていた頃だ。その後、二人は人気のピークで会社を辞めた。

「それにしても、二人とも華やかよね。小枝子ちゃんはあの朝ドラの素敵な俳優さんと結婚したし、香織ちゃんは今、ニューヨークなんでしょ。羨ましいわ」

 羨ましいというのは(うそ)だ。朝の連続ドラマで人気だった若手俳優と電撃結婚した小枝子だったが、その後、夫の名前はあまり見かけない。地方で病院を経営する小枝子の実家が夫婦の生活を支えているとか、すでに別居状態だという噂もある。

 アナウンス部に誰もいないとき、アリサは週刊誌のゴシップ記事を丹念に読む。本当は小枝子の夫のフルネームだって知っているし、香織が妻子持ちの野球選手と不倫して、渡米したのを追いかけてまで執着しているらしいという記事も先週読んだばかりだ。ほら見ろ、と思った。勘違い女の末路は哀れだ。

 弁当を食べ終えた金井は、お茶を飲みながら話題を変えた。

「テレビ太陽のアナウンサーで産休とる人、佐野さんが初めてなんですよね? 臨月までニュースを読むキャスターなんて、ほとんどいないんじゃないですか?」

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わたしの神様

小島慶子

嫉妬、執着、野心。初めて描かれる“女子アナ”たち衝撃のドラマ! 元TBSアナウンサーで現在ラジオパーソナリティーやタレントとして活躍中の小島慶子さんが、処女小説『わたしの神様』を上梓しました。cakesでは、本日より7日間連続で特別掲...もっと読む

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コメント

0501Can 同性の敵は同性。ゲイの敵はゲイ。哀しいことに。 #ゲイの敵はゲイ #LGBT 約4年前 replyretweetfavorite

39ra3944 女の汚いところズバリでてて面白い。一寸前にやってた雑誌の編集者のドラマみたい。 そもそも小島慶子さんって好きなのよね。 約4年前 replyretweetfavorite

cafe_petit コジケイの小説、なんか林真理子の「コスメティック」に似てる感じするけど気のせいかしら https://t.co/txyTE2Th8J 約4年前 replyretweetfavorite