第114回 迷宮マトリックス(後編)

「まるで、行列が……複素数の《たとえ話》みたいです!」とテトラちゃんは言った。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
瑞谷先生:司書の先生。定時が来ると下校時間を宣言する。
$ \newcommand{\MATAWA}{\mathrel{\text{または}}} \newcommand{\KATSU}{\mathrel{\text{かつ}}} \newcommand{\LEFTRIGHTARROW}{\quad\Longleftrightarrow\quad} \newcommand{\LEFTARROW}{\quad\Longleftarrow\quad} \newcommand{\RIGHTARROW}{\quad\Longrightarrow\quad} \newcommand{\MAT}[4]{\left(\begin{array}{cc} #1 & #2 \\ #3 & #4 \end{array} \right)} \newcommand{\UL}[1]{\underline{#1}} \newcommand{\UUL}[1]{\underline{\underline{#1}}} $

図書室にて

テトラちゃんは行列の成分を使った計算を試している。

「じゃあ、結合法則を試してみよう!」

テトラ「結合法則といいますと?」

「いつも $(AB)C$ と $A(BC)$ が等しい……といえる性質のことだね」

問題
任意の $2 \times 2$ 行列 $A,B,C$ に対して、 $$ (AB)C = A(BC) $$ が成り立つことを証明せよ。

テトラ「これも……成分で?」

「そう……根気で!」

テトラ「わかりました。根気ならたっぷりありますから!  $(AB)C = A(BC)$ を確かめるんですから、 $A,B,C$ という行列を成分で表して計算すればいいんですよね?」

「そうそう」

テトラ「せっかくですので、先輩がおっしゃった方法でやってみます。まず、 $A,B,C$ を成分で書きます」

$$ \begin{align*} A &= \left(\begin{array}{cc} a_1 & a_2 \\ a_3 & a_4 \end{array} \right) \\ B &= \left(\begin{array}{cc} b_1 & b_2 \\ b_3 & b_4 \end{array} \right) \\ C &= \left(\begin{array}{cc} c_1 & c_2 \\ c_3 & c_4 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

テトラ「あとは行列の積の計算をしていくだけですね! ではまず $(AB)C$ から……」

$$ \begin{align*} & (AB)C \\ &= \left\{\left(\begin{array}{cc} a_1 & a_2 \\ a_3 & a_4 \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} b_1 & b_2 \\ b_3 & b_4 \end{array} \right)\right\}\left(\begin{array}{cc} c_1 & c_2 \\ c_3 & c_4 \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a_1b_1+a_2b_3 & a_1b_2+a_2b_4 \\ a_3b_1+a_4b_3 & a_3b_2+a_4b_4 \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} c_1 & c_2 \\ c_3 & c_4 \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} (a_1b_1+a_2b_3)c_1+(a_1b_2+a_2b_4)c_3 & (a_1b_1+a_2b_3)c_2+(a_1b_2+a_2b_4)c_4 \\ (a_3b_1+a_4b_3)c_1+(a_3b_2+a_4b_4)c_3 & (a_3b_1+a_4b_3)c_2+(a_3b_2+a_4b_4)c_4 \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a_1b_1c_1+a_2b_3c_1+a_1b_2c_3+a_2b_4c_3 & a_1b_1c_2+a_2b_3c_2+a_1b_2c_4+a_2b_4c_4 \\ a_3b_1c_1+a_4b_3c_1+a_3b_2c_3+a_4b_4c_3 & a_3b_1c_2+a_4b_3c_2+a_3b_2c_4+a_4b_4c_4 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

「うん、いいね! テトラちゃん、計算が速くなってきてるよ」

テトラ「公式の確かめをしているうちに、何だか慣れてきたみたいです! 次は $A(BC)$ を計算して、成分同士を比較すればいいんですよね」

$$ \begin{align*} & A(BC) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a_1 & a_2 \\ a_3 & a_4 \end{array} \right)\left\{\left(\begin{array}{cc} b_1 & b_2 \\ b_3 & b_4 \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} c_1 & c_2 \\ c_3 & c_4 \end{array} \right)\right\} \\ &= \text{ええと……} \end{align*} $$

「ちょっと待って、テトラちゃん。そこはもう一度計算しなくても大丈夫だよ」

テトラ「え? どういうことですか」

「行列を $\left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right)$ みたいにせずに $\left(\begin{array}{cc} a_1 & a_2 \\ a_3 & a_4 \end{array} \right)$ のようにしたのが、ここで効いてくるんだよ。テトラちゃんはさっき $AB$ を計算したよね?」

テトラ「はい」

「 $AB$ の計算と $BC$ の計算は、どちらも添字の部分は同じになるはずだよね。だから、 $a_k$ を $b_k$ に、 $b_k$ を $c_k$ に置き換えてしまえばいいんだよ」

テトラ「なるほどです! 文字の部分を置き換えちゃえばいいんですね。 $a$ と $b$ を、 $b$ と $c$ に!」

$$ \begin{align*} AB &\to BC \\ \left(\begin{array}{cc} a_1 & a_2 \\ a_3 & a_4 \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} b_1 & b_2 \\ b_3 & b_4 \end{array} \right) &\to \left(\begin{array}{cc} b_1 & b_2 \\ b_3 & b_4 \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} c_1 & c_2 \\ c_3 & c_4 \end{array} \right) \\ \left(\begin{array}{cc} a_1b_1+a_2b_3 & a_1b_2+a_2b_4 \\ a_3b_1+a_4b_3 & a_3b_2+a_4b_4 \end{array} \right) &\to \left(\begin{array}{cc} b_1c_1+b_2c_3 & b_1c_2+b_2c_4 \\ b_3c_1+b_4c_3 & b_3c_2+b_4c_4 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

「そうだね。 $A(BC)$ の残りはちゃんとやらないとまずいけど」

テトラ「やってみます」

$$ \begin{align*} & A(BC) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a_1 & a_2 \\ a_3 & a_4 \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} b_1c_1+b_2c_3 & b_1c_2+b_2c_4 \\ b_3c_1+b_4c_3 & b_3c_2+b_4c_4 \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a_1(b_1c_1+b_2c_3)+a_2(b_3c_1+b_4c_3) & a_1(b_1c_2+b_2c_4)+a_2(b_3c_2+b_4c_4) \\ a_3(b_1c_1+b_2c_3)+a_4(b_3c_1+b_4c_3) & a_3(b_1c_2+b_2c_4)+a_4(b_3c_2+b_4c_4) \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a_1b_1c_1+a_1b_2c_3+a_2b_3c_1+a_2b_4c_3 & a_1b_1c_2+a_1b_2c_4+a_2b_3c_2+a_2b_4c_4 \\ a_3b_1c_1+a_3b_2c_3+a_4b_3c_1+a_4b_4c_3 & a_3b_1c_2+a_3b_2c_4+a_4b_3c_2+a_4b_4c_4 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

「うん、いいみたい」

テトラ「 $(AB)C$ と $A(BC)$ の成分、等しくなりましたよね」

$$ \left\{\begin{array}{llll} a_1b_1c_1+a_2b_3c_1+a_1b_2c_3+a_2b_4c_3 &= a_1b_1c_1+a_1b_2c_3+a_2b_3c_1+a_2b_4c_3 \\ a_1b_1c_2+a_2b_3c_2+a_1b_2c_4+a_2b_4c_4 &= a_1b_1c_2+a_1b_2c_4+a_2b_3c_2+a_2b_4c_4 \\ a_3b_1c_1+a_4b_3c_1+a_3b_2c_3+a_4b_4c_3 &= a_3b_1c_1+a_3b_2c_3+a_4b_3c_1+a_4b_4c_3 \\ a_3b_1c_2+a_4b_3c_2+a_3b_2c_4+a_4b_4c_4 &= a_3b_1c_2+a_3b_2c_4+a_4b_3c_2+a_4b_4c_4 \\ \end{array}\right. $$

「うん、計算ミスなし。すごいすごい。そして、どこがどう入れ替わったかの規則性がよくわかるね」

$$ \left\{\begin{array}{llll} a_1b_1c_1+\UL{a_2b_3c_1}+\UUL{a_1b_2c_3}+a_2b_4c_3 &= a_1b_1c_1+\UUL{a_1b_2c_3}+\UL{a_2b_3c_1}+a_2b_4c_3 \\ a_1b_1c_2+\UL{a_2b_3c_2}+\UUL{a_1b_2c_4}+a_2b_4c_4 &= a_1b_1c_2+\UUL{a_1b_2c_4}+\UL{a_2b_3c_2}+a_2b_4c_4 \\ a_3b_1c_1+\UL{a_4b_3c_1}+\UUL{a_3b_2c_3}+a_4b_4c_3 &= a_3b_1c_1+\UUL{a_3b_2c_3}+\UL{a_4b_3c_1}+a_4b_4c_3 \\ a_3b_1c_2+\UL{a_4b_3c_2}+\UUL{a_3b_2c_4}+a_4b_4c_4 &= a_3b_1c_2+\UUL{a_3b_2c_4}+\UL{a_4b_3c_2}+a_4b_4c_4 \\ \end{array}\right. $$

テトラ「ええと……これで、証明したことになるんですよね?」

「そうだね。成分を文字で表して、実際に計算して、成分が等しくなることを確かめた。これで、任意の $2 \times 2$ 行列 $A,B,C$ に対して、 $$ (AB)C = A(BC) $$ が成り立つことが証明できたことになるよ」

結合法則

テトラ「ところで…計算しておいて何ですけれど、この $(AB)C = A(BC)$ というのは、何がうれしいんでしょう」

「結合法則の何がうれしいか……そうだなあ、結合法則があると、《カッコを省略》できるよね。たとえば、 $(AB)C$ と $A(BC)$ が等しいということは、 $ABC$ と書いてもかまわないわけだから」

テトラ「ははあ……それはそうですね。でも、あまり大きな違いはないような」

「そんなことはないよ。だって、結合法則は繰り返し使えるからね。行列 $A,B,C,D$ があったとしたら、 $(AB)(CD)$ とか $A(BC)D$ とか、 $(A(BC))D$ とか、 いろんな積のパターンが作れちゃう。でも結合法則があるから、 安心して $ABCD$ と書けるし、好きな順番で計算してかまわない。これは大きなことだと思うけど」

テトラ「なるほどです。……あれ?ちょっと待ってください、先輩。行列というのは $AB = BA$ にならない……なるとは限らないわけですよね」

「そうだね。行列の積では交換法則は成り立たないから」

テトラ「それなのに、好きな順番で計算してもいいんですか?」

「うん。たとえば、さっきの $(AB)C$ と $A(BC)$ を注意深く見てみるとわかるよ。 $(AB)C$ というのは $AB$ という積の結果と、 $C$ とを掛ける。 そして $A(BC)$ というのは、 $A$ と、 $BC$ の積の結果を掛ける。 積を行う順番は変えているけれど、積の左右を交換しているわけじゃないよね。 $BA$ は出てこないし、 $CB$ も出てこない」

テトラ「あっ、理解しました! 確かにそうですね」

「結合法則があるから、カッコを省略できるし、 $AAABB$ を $A^3B^2$ と書くこともできるね。《行列の冪乗(べきじょう)》を書きやすくなる。 もしも結合法則がなかったら、 $(AA)((AB)B)$ と $A((AA)(BB))$ が同じ保証がなくなるから、 気軽に $A^3B^2$ なんて書けないしね」

テトラ「……」

「あれ? そんなに難しい話じゃないよね?」

テトラ「いえ、行列の結合法則についてはよくわかりましたけど……あのですね。確かに行列の結合法則は便利かもしれませんけれど、 それって、行列をそう決めたから、そうなんですよね。 だとしたら当たり前なのではないでしょうか。 ……あ、あたし、何を言ってるんでしょうね。わけがわからないですよね」

「うん……僕もよくわからない。テトラちゃんは何に引っかかっているの?」

テトラ「あの……やっぱり、まだ行列のことがよくわかっていないんだと思います。行列を成分で書くことや、行列の和や積の定義もわかりますし、 計算もできます。でも、だから何なのだろうと思うんです。 わざわざ数と違うものを作って、交換法則は成り立たないけれど、 結合法則は成り立つことを確かめる……何だか、 わざわざややこしい計算ドリルをやってるみたいで」

「僕もよくはわからないけれど、きっと《おもしろいから》なんじゃないかなあ。こういうルールが成り立つような行列というものを考えてみる。 そうすると何がいえるだろうか。調べてみよう。 調べてみると、積の交換法則が成り立たないから数とはずいぶん違う。 でも、結合法則は成り立つし、分配法則も成り立つから、 ……そういうことを確かめていくのは、 それだけでおもしろいと思うんだよ」

テトラ「そうなんですか……あたしは、数が何かを表すように、行列も何かを表しているのかなと思ったんです。 ボールが三個あるのを $3$ で表すように、 何かが何かであることを行列が表しているのかなと……」

「そういう意味では、ほら、図形の回転を表す行列というのがあったよね。加法定理のところでミルカさんと話したけれど(『数学ガールの秘密ノート/丸い三角関数』参照)。 あれは、《行列が表しているもの》になるんじゃない」

テトラ「そういえばそうでした! あっ、ちょっと安心です。行列が表している《もの》はやっぱりあるんですよね!」

数と似ているもの

「行列は、数と似ている《もの》も表しているよね。単純な例でいうと、 $1$ のような単位行列 $I = \left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{array} \right)$ や、 $0$ のような零行列 $O = \left(\begin{array}{cc} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{array} \right)$ もある」

テトラ「はい、そうでしたそうでした。たとえば、 $-1$ を表すのは $-I$ でしょうか」

「そうだね。 $-I$ は $I$ の成分すべてに $-1$ を掛ければいい」

$$ \begin{align*} I &= \left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{array} \right) \\ -I &= \left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

テトラ「 $1$ と $0$ と $-1$ と……あ、先輩。《虚数単位 $i$ 》は $\left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right)$ でいいんでしょうか」

「え?」

テトラ「虚数単位 $i$ です。 $i$ に似ている行列は $\left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right)$ でいいですよね。だって、 $\left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right)$ を $2$ 乗したら確かに $\left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right)$ になりますから」

$$ \begin{align*} \left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right)^2 &= \left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} i\times i+0\times 0 & i\times 0+0\times i \\ 0\times i+i\times 0 & 0\times 0+i\times i \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

「ちょっと待って、テトラちゃん。テトラちゃんの計算は正しいし、確かに $\left(\begin{array}{cc} i & 0 \\ 0 & i \end{array} \right)$ は $2$ 乗すると $\left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right)$ つまり $-I$ に等しいから、 虚数単位 $i$ に対応する行列といえなくはない……でも」

テトラ「でも?」

「思うんだけど、いまさりげなく行列の成分に虚数を入れちゃったよね。でも、行列の成分を実数に限っても、同じことができるんじゃないかと思うんだよ。 うん! テトラちゃん!」

テトラ「はいっ! ……なんですか?」

「テトラちゃんは、おもしろい問題を見つけたね! これは楽しそうだ!」

テトラ「も、問題?」

「そう、こういう問題」

問題
成分がすべて実数の $2\times 2$ 行列 $J$ で、次の式を満たすものを求めよ。 $$ J^2 = -I $$ ただし、 $I = \left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{array} \right)$ とする。

テトラ「行列 $J$ ……とは?」

「テトラちゃんがさっき言ってたものだよ。虚数単位 $i$ は $2$ 乗すると $-1$ に等しくなる。 だから、そこからの類推で考えると、 《 $2$ 乗すると $\left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right)$ に等しくなる行列》は虚数単位 $i$ のようなものだよね。でも、テトラちゃんがさっきやったように成分に $i$ は使わない。 成分を実数に限ったとしても、 虚数単位 $i$ のような行列は作れるんじゃないだろうか、というのがこの問題。 ただし、単位行列に $I$ という文字を使っちゃったから、 $2$ 乗すると $-I$ になるような行列のことは $J$ と名付けることにしたんだけど」

テトラ「なるほどです! これは《たとえ話》ですね!」

「たとえ話って?」

テトラ「数学的な比喩ですよ。行列を使って虚数単位の《たとえ話》を作るみたいです!」

「テトラちゃん、おもしろいことを言い出すなあ……」

$J$ を求めよう

テトラ「ところで……この $J$ はどうやって見つければいいんでしょうか」

「え? そりゃ……え? テトラちゃんなら、もうわかるはずだよ」

テトラ「これも……成分を計算して?」

「そうだね。きっとそれでアタリは付けられると思うな」

テトラ「や、やってみます!。 $J = \left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right)$ とおいて……」

$$ \begin{align*} J^2 &= JJ \\ &= \left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} aa+bc & ab+bd \\ ca+dc & bc+dd \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} a^2+bc & ab+bd \\ ca+dc & bc+d^2 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

「うん、そしてこの行列が $-I$ に等しいから……」

テトラ「こういうことですね?」

$$ \left(\begin{array}{cc} a^2+bc & ab+bd \\ ca+dc & bc+d^2 \end{array} \right) = \left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right) $$

「あとは $a,b,c,d$ に関する方程式になるよね」

テトラ「連立方程式ということですね?」

《 $J$ を求めるための連立方程式》(その1) $$ \left\{\begin{array}{llll} a^2+bc &= -1 && \cdots \text{(1)} \\ ab+bd &= 0 && \cdots \text{(2)}\\ ca+dc &= 0 && \cdots \text{(3)} \\ bc+d^2 &= -1 && \cdots \text{(4)} \\ \end{array}\right. $$

「未知数が $a,b,c,d$ の四つに式が四本。まずは $= 0$ のあたりを攻めよう」

テトラ「はい。(2)の $ab + bd = 0$ から、 $b(a+d) = 0$ になるので、 $b = 0$ または $a+d = 0$ ですね」

「 $b = 0$ にはならないみたいだよ、テトラちゃん」

テトラ「え?! どうしてですか?」

「だって、ほら、(1)に $a^2 + bc = -1$ があるからね。 $b = 0$ だったら、 $a^2 = -1$ になるけど、 $a$ は実数なので $2$ 乗して $-1$ になることはない」

テトラ「あっ、先取りしないでくださいっ!……そうすると、(2)から言えるのは $a+d = 0$ ですね。同じことは(3)からもいえます。 $ca + dc = 0$ から、 $c(a+d) = 0$ になって、 $c = 0$ または $a + d = 0$ です。 でも、 $c = 0$ だと、(4)に $bc + d^2 = -1$ がありますから、 $d^2 = -1$ になってしまって、こんな実数 $d$ はありません」

「 $a + d = 0$ から $d = -a$ がいえるから、(4)から $bc + a^2 = 0$ がいえるけど、実はこれは(1)と同じ式。 ということは連立方程式はけっきょくこうなるね」

《 $J$ を求めるための連立方程式》(その2) $$ \left\{\begin{array}{llll} a^2+bc &= -1 && \cdots \text{(1)} \\ a+d &= 0 && \cdots \text{(2')}\\ \end{array}\right. $$

テトラ「はい」

「式が二本で未知数が四つだから、文字は二つ残る。 $a^2 + bc = -1$ から、 $b \neq 0$ に注意して $c = -\frac{a^2+1}{b}$ がいえる。これで、 $a,b$ の二つの文字で $c,d$ が表せるね」

$$ J = \left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right) = \left(\begin{array}{cc} a & b \\ -\tfrac{a^2+1}{b} & -a \end{array} \right) $$

テトラ「これが……虚数単位 $i$ に対応する行列、ですか?」

「そうだね。検算してみればいい。 $2$ 乗して $-I$ になるかどうか」

$$ \begin{align*} J^2 &= \left(\begin{array}{cc} a & b \\ -\tfrac{a^2+1}{b} & -a \end{array} \right)\left(\begin{array}{cc} a & b \\ -\tfrac{a^2+1}{b} & -a \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} aa + b\left(-\tfrac{a^2+1}{b}\right) & ab+b(-a) \\ \left(-\tfrac{a^2+1}{b}\right)a+(-a)\left(-\tfrac{a^2+1}{b}\right) & \left(-\tfrac{a^2+1}{b}\right)b+(-a)(-a) \end{array} \right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right) \\ \end{align*} $$

テトラ「なりますね……」

解答
成分がすべて実数の $2\times 2$ 行列 $J$ で、 $a$ を実数、 $b$ を $0$ 以外の実数として、 $$ J = \left(\begin{array}{cc} a & b \\ -\tfrac{a^2+1}{b} & -a \end{array} \right) $$ とすれば、 $$ J^2 = -I $$ を満たす。 ただし、 $I = \left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{array} \right)$ とする。

テトラ「はい……でも、この $J$ って何だかよくわかりませんね。成分がわかっても、よくわからない行列です」

「まあ、確かに」

成分

僕たちがあれこれ式をいじっているところに、 ミルカさんがやってきた。

ミルカ「楽しそうだな。今日は何?」

「虚数単位に似た行列を作る問題だよ」

ミルカ「なるほど」

「成分を計算して求まったんだけど、あまりピンと来ないね」

ミルカ「ふうん……成分を使わないというのはどうかな」

「成分を使わないで、どうやって求めるの?」

ミルカ「いや、私は別のことを考えていた。《複素数で、 $1$ と $i$ の果たす役割》について」

「 $1$ と $i$ の果たす役割?」

ミルカ「たとえば、複素数はこう表す」

《複素数》 $$ p + qi $$ ただし、 $p$ と $q$ は実数で、 $i$ は虚数単位を表す。
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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに13巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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umarine テトラ「先輩……因数分解、速いです」 #言われたい 5年以上前 replyretweetfavorite