最初に読んだ、ゲイのラブシーンがある翻訳作品は、
「June」に連載されていたゴードン・メリックの小説ですね。
『飛ぶ教室』にときめいた中学時代
—— 今日は英田さんに、主に十代の頃に読んでいた翻訳小説の愛読書リスト(※)をお持ちいただきました。非常に理性的な読書傾向でいらっしゃいますよね。
※本記事の最後に掲載させてもらいました!
英田 情緒的なものより、筋がハッキリしているものが好きでしたね。
十歳くらいから腐女子だったので、そっち系の漫画や小説は大好きでしたが、普通の読書は日常ものがまったく読めなくて、SFやミステリー、ファンタジー、冒険モノなんかのワクワクするような話ばかりを読んでいました。
—— 最初に読まれた翻訳小説は?
英田 童話や絵本を別にすれば、ケストナーの児童文学『飛ぶ教室(岩波書店)』だったと思います。中一の頃かな? これは美少年が出てくるので、萌えながら読んでみたり(笑)。
翻訳小説は主に学校の図書室で読んでいたので、端から全部手を出していったんですね。
—— (読書リストを見つつ)結構、硬派な作家さんが多いですね。
英田 十代の後半には、国内外のハードボイルド小説を好んで読むようになってましたね。
—— ちょっと男性目線なところもおありですね(笑)。
英田 はい。子供の頃からハーレクインよりハードボイルド派でした(笑)。
—— 一番印象に残っている翻訳小説というと?
英田 中学生の頃に読んだものなら、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティなんかが面白かったですね。ホームズやルパンも好きでした。ただ一日一冊とか、かなりのハイペースで読んでいたので、面白いって印象だけは残っているんですけど、内容をあんまり覚えていないんですよ。いま思うともったいないことをしたなって思います。
—— 日本の小説よりも翻訳小説を先に読まれた?
英田 いえいえ、小学生の頃は、これも図書室で出会ったんですが、眉村卓さんや筒井康隆さんなどのSF小説にはまりました。
—— ご多分にもれず。
英田 はい。昔はSFがブームでしたからね。映画の『未知との遭遇』『スターウォーズ』、アニメの『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』なんかが大人気で、小説でも子供が主人公のジュブナイルSFが多くありました。『ねらわれた学園(角川書店)』『時をかける少女(角川書店)』などが代表的でしょうか。
五年生の頃にそれらと出会って、「小説って面白い!」と目覚めたんです。で、中学生になると図書室の翻訳小説を端から全部読んでいくようになって。アイザック・アシモフ、エドガー・ライス・バロウズの『地底世界(早川書房)』といった古典的なSFを通ってから、隣の棚のミステリーにいきました。
英田 やっぱり子供のときは難しかったですね。生活様式も違いますし、意味がわからない部分もたくさんあって。でも、なにか違う世界に触れているというワクワク感はありました。
登場人物が「少年」ではない衝撃
英田 そういった普通の小説を読みつつ、同時にBLの先駆者的雑誌「June(サン出版)」も読んでいたわけです。そっち系では栗本薫さんが好きでした。
『真夜中の天使(文藝春秋)』『翼あるもの(文藝春秋)』をまず読みました。『翼あるもの』の下巻『殺意』は、生まれて初めて大泣きしながら読んだ小説で、貴重な読書体験でした。てっきりこの人はそういう作家さんなのかと思って他の本を探したら、普通の推理小説も書いていてショック! みたいな(笑)。
▼栗本薫(故人):美貌のアイドルが、芸能界の渦に巻き込まれ、堕ちていく『真夜中の天使(文藝春秋)』『翼あるもの(文藝春秋)』といった少年愛文学を、1979年に上梓。二十四年組の竹宮恵子が表紙絵を担当し、大ヒット。社会を揺るがす、センセーショナルを巻き起こした。現在に通じる、BL小説が開幕した瞬間でもある。
でも普通の小説も読んだら面白くて、すっかりファンになりました。推理小説も好きでしたが、『グイン・サーガ(早川書房)』や『魔界水滸伝(角川書店)』なんかを夢中になって読んでましたね。もらったお年玉を全部つぎ込んで、一気買いをしたのを覚えています。
—— 当時、大流行していた、ゲイ小説も読まれましたか。
英田 最初に読んだ、ゲイのラブシーンがある翻訳作品は、「June」に連載されていたゴードン・メリックの小説ですね。
▼「June」:1978年創刊。早稲田ミステリの先輩後輩にあたる栗本薫と佐川俊彦が作った少年愛雑誌。女子中高生の間で一世を風靡し、BLの原点となった。なかでも小説版の「小説June」は十万部雑誌となり、戦後もっとも売れた小説誌のひとつであった。
現在活躍中の作家や漫画家、編集者には、この雑誌に影響を受けた女性も多い。ちなみに英田サキさんご自身も、栗本薫が中島梓名義でJune誌に連載していた、「小説道場」からデビューした作家のおひとり。
表現が生々しくて、結構カルチャーショックでした。「海外文学で、ポルノを書くとこんなふうになるんだ!」って(笑)。
—— 当時、ゲイハーレクインと銘打たれていましたね。
英田 いま思うと、そんなに激しくはなかったんですけど、ちょっとした表現すら日本とは違うなって思いました。
—— まず、登場人物が少年じゃなかった!「June」は、女子中高生を対象にした少女誌だったから主人公も少年が多かったので、ちょっと異質でしたね。そして、この作品は著者が本当にゲイの作家さんでした。
▼ゴードン・メリック作品。当時「June」の一読者だった栗原知代が内容に衝撃を受けて、編集部に持ち込み、生まれて初めて翻訳した。
最近、モノクローム・ロマンスで復刻された『わが愛しのホームズ(新書館)』の柿沼瑛子も「June」で翻訳家としてデビューした。
英田 連載当時は、魔木子さん、水上有理さんのイラストでしたね。面白くて、ドキドキしながら読んでました。
一般の翻訳小説にも、男同士の関係が盛りだくさん
英田 あと、一般小説なんですが、ピーター・レフコートの『二遊間の恋(文藝春秋)』が、すごく好きでした。ラブシーンはそれほどなかったんですけど。
メジャーリーグのスター選手が、チームメイトの黒人選手に突然、恋してしまうというお話で、ゲイが御法度の世界ですから、迫害や社会的制裁が待っている。主人公が白人と黒人というのも新鮮でした。黒人の引き締まった美しい身体に、妻子持ちの白人が見惚れるっていうのが萌えで❤
そういえば、ラッセル・ブラッドンの『ウィンブルドン(創元推理)』もすごく好きでしたね。昨年、復刻版が出たので驚きました。
—— 『ウィンブルドン』は、テリー・ホワイトの『真夜中の相棒(文藝春秋)』と共に、腐女子の運動によって復刻版が出たそうです。
英田 そうだったんですか! 『真夜中の相棒』も懐かしい作品ですね。すごく泣かされました。
『ウィンブルドン』はまだ旧ソ連時代、八十年代の作品で、サスペンスであると同時にテニス選手たちの友情の物語でした。ソ連の天才少年のツァラプキンが、対戦相手のオーストラリア選手、キングのもとに突然、亡命してくるんです。手に辞書と歯ブラシだけ持って(笑)。それを見たキングは、彼を抱き締めたい衝動に駆られるんですけど、そういうさりげない一文に萌え転がりました。
言葉もろくに通じないふたりは友情を深めていくんですが、ある事件に巻き込まれて、ツァラプキンはキングを守るために、試合で彼に勝とうとする。キングは事情を知らないものだから、「なんでお前、そこまでして俺に勝ちたいんだ!」って思ってしまう。その誤解とすれ違いが切なくて。のちに、『天使の賭け(講談社)』というタイトルで、小野弥夢さんが漫画化もされました。
▼復刻版『真夜中の相棒(文藝春秋)』、『ウィンブルドン(創元推理)』。
思わず号泣する、ゲイ小説の古典。80年代、「June」とその読者である少女たちが火付け人となって、日本ではゲイ小説一大ブームが巻き起こっていた。『ブランドステッターシリーズ』『フロントランナー』『モーリス』『ベント』などゲイ小説の名作も盛んに翻訳出版された。こういった作品が源流となって、現在のM/M小説となっていく。
BLも大好きですけど、ゲイまでいかない男同士の濃い友情ものも大好きなんですよ。妄想を刺激してくれるような関係性といいますか。いわゆるブロマンスっていうのかな。
—— 昨今、『スーパーナチュラル』や『ホワイトカラー』『SHERLOCKシャーロック』など海外のTVドラマでもブロマンスものが大人気ですが、ゲイ小説とブロマンスの差はなんでしょう。
英田 ブロマンスはあくまでもプラトニックな男同士の親密な関係を描いているので、登場人物たちは恋愛感情があるとは絶対に認めないですよね。そこは頑なに拒絶する。見る側は「セックスしてないだけで、あんたら深く愛し合ってるじゃない」と思うけど(笑)。
昔の小説で、友情ものと見せかけて同性愛的要素も含んでいるものもありましたが、(ゲイの関係性が)曖昧な表現で、「何かがはじけた」とか「世界が変わった」といった書かれ方で、深読みができるようなところどまりだったり。
—— 当時の小説は、時代的に、直接書けなかったという面もあるのかもしれません。
英田 表現は露骨なものじゃなかったとしても、そこにほのかな萌えは感じて読んでましたね。
女性が書き、女性が支持し、女性が読むモダンラブ、
M/Mロマンスの登場。
—— そういったかつてのゲイ小説と比べてみて、M/M小説『くぐもったドラム』はいかがでしたか。
英田 M/M小説はBLに近いというか、ロマンスとして書かれていますね。
かつてのゲイ小説は、社会的抑圧や自己解放が重要なテーマで、恋愛要素はあってもロマンスではなかった。ですがM/Mは、あくまでラブを主題に展開していくので、そのあたりはBLと同じだと思います。
ただ、BLの方がよりジャンル小説として特化しています。
たとえば、M/Mは人物造形がリアルですね。アラブの王さまとかいなくて(笑)、どこかにいそうな感じ。BLではリアリティよりキャラクター性を重視されるので、そのへんは違うな、と思います。
—— M/Mの歴史が浅いせいかもしれません。男女なら、海外ものでも億万長者とかメイドとか、存外、キャラクターの型がはっきりあります。
英田 ところで、M/Mの作家さんは男性と女性と、どっちが多いんですか?
—— 女性です。
英田 ゲイの方もいらっしゃるんですか?
—— いらっしゃいますが、やはり女性が主体のようです。なかには女性なのに、男性ペンネームで男性を装っている強者も。
英田 それって男性の読者を取り込みたいからですか?
—— あるいは、男性が書いているということにワクワク感を感じているのかも?
英田 読んでる人も、みんな女性?
—— 腐男子もいらっしゃいますが(笑)、女性のようです。BLに極めて近いです。
英田 本当に、ハーレクインの男性版なんですね。しかもボリュームがあって、読み応えもありそうですね。
—— 400ページ、500ページ、どころか三部作、四部作が当たり前という。小説というと長編というのが、海外小説です。
英田 普段、翻訳ものを読んでいる人は、BLよりM/Mの方が自然に読めそうですね。
—— ハーレクインラブシックは、ハーレクイン社のエロティック電子書籍部門、カリーナ・プレスから刊行しています。ただし電子書籍なので新人さんも多くて、その内容は、玉石混交です。
なかでも群を抜いて、人気、実力のあるジョシュ・ラニヨンさんが新書館のモノクローム・ロマンスで刊行され、人気を得てからは、日本でも、BLよりM/Mの方が好みという人もでてきました。
英田 海外でも女性がM/Mを読んでいるということなので、だんだんとBLやハーレクインのように、内容が特化していくのかもしれないですね。
▼『フェアゲーム』(カリーナ・プレス刊)のジョシュ・ラニヨンはM/M小説を牽引する人気作家。隠れゲイの刑事と心臓に欠陥のある青年の激しいすれ違いを描いた、代表作『アドリアン・イングリッシュシリーズ』(新書館)が日本で翻訳されるや否や、BL読者の心をわしづかんだ。
さて、ジョシュ・ラニヨンは男性か女性か。社外秘の著者情報を検索して、性別の項目を調べてみました。いざ、結果は——「空欄」!
【特別付録】英田サキの萌える翻訳小説リスト、公開!
●十代の頃に読んでいた一般の翻訳小説
「翻訳小説を読みだしたのは、中学生のころ——」(英田)
エーリッヒ・ケストナー 『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』
アーシュラ・K・ル=グウィン 『ゲド戦記』
アイザック・アシモフ 『鋼鉄都市』『ミクロの決死圏』
エドガー・ライス・バローズ 『地底世界ペルシダー』
コナン・ドイル 『シャーロック・ホームズ』シリーズ
アガサ・クリスティ 『スタイルズ荘の怪事件』ポアロシリーズ
エラリー・クイーン 『Yの悲劇』等
ガストン・ルルー 『黄色い部屋の謎』
エドガー・アラン・ポー 『モルグ街の殺人』
モーリス・ルブラン 『アルセーヌ・ルパン』シリーズ
フィリップ・K・ディック 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
マイケル・ムアコック 『エルリック・サーガ』
V.C.アンドリュース 『屋根裏部屋の花たち』
S.キング 『デッドゾーン』『シャイニング』
●ゲイ小説、あるいはゲイが出てくる小説
「初めて読んだゲイ小説は、ゴードン・メリック。ドキドキしながら読んでいましたね」(英田)
ゴードン・メリック 『神さまは気になさらない』
※「June」連載後、のちに『愛の叫び』として単行本化された。
ピーター・レフコート 『二遊間の恋』
ジョン・フォックス 『潮騒の少年』
ジョゼフ・ハンセン 『テイヴ・ブランドステッターシリーズ』
マイケル・シェイボン 『ピッツバーグの秘密の夏』
●男同士の友情や関係性に萌えた小説
「ゲイまでいかない、男同士の濃い友情ものというか……いわゆる、ブロマンス的作品に萌え転がっていました」(英田)
ヘルマン・ヘッセ 『車輪の下』
ラッセル・ブラッドン 『ウィンブルドン』
ハーラン・コーベン 『マイロン・ボライター・シリーズ』
レイモンド・チャンドラー 『長いお別れ』
S.キング 『死のロングウォーク』『刑務所のリタ・ヘイワース』
イザベル・ホランド 『顔のない男』
海外で人気を博すM/M【海外版ボーイズラブ】を、英田サキさんが超訳!
運命の嵐に翻弄される軍人BL『くぐもったドラム』は4月25日(土)発売です。
その指先が少しでも身体に触れたら、確実に誘惑に負けるのはわかっていた——
ルドルフとマティアスは除隊し、共に生きることを誓いあっていた。だが、ルドルフが落馬し、記憶を失ったことから、運命が狂い始める。妻がいるルドルフ、さらにはベルリンには男の愛人もいることが発覚し、恋人のマティアスはいなかったことになってしまう。
忘れられた男のもがきと狂おしさを、英田サキが綴る…M/Mロマンスの愛をご堪能ください。
【英田サキさんの既刊】
●「ヘヴンノウズ」シリーズ
君が恋に落ちる相手は、すでに君のそばにいる——過去にとらわれた青年と、ちょっと変わったミステリ作家の物語。
●「DEAD LOCK」シリーズ
親友殺しの冤罪をかけられて収監された麻薬捜査官のユウト。監獄から出る手段はただひとつ、潜伏中のテロリストの正体を暴くこと!!
●「エス」シリーズ
拳銃押収のスペシャリストと、情報提供者(エス)。明るみにできない二人の関係はどこへ向かう? 劣情と矜持、孤独が交錯する男たちの物語。