【アンケート開催中!】
本連載の特別企画として、タレント・文筆家であり、セーラームーン世代である牧村朝子さんとの対談を予定しています。対談時に参考にするためのアンケートにご協力ください!
「あなたのすきなセーラー戦士は?」
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はじめに
本連載は、「セーラームーン世代」を分析するものである。
美少女戦士セーラームーン (1)
(講談社ヒットブックス―なかよしアニメアルバム (34))
セーラー服を模したコスチュームに身を包み、「月に代わっておしおきよ!」の台詞でおなじみのセーラームーンが活躍するテレビアニメ『美少女戦士セーラームーン』は、1992〜97年にテレビ朝日系で放映され、社会現象化するほどの人気を博した。
「セーラームーン世代」とは、この『美少女戦士セーラームーン』シリーズを少女期に観て、熱狂した女性たちのことだ。
彼女たちが視聴していた時期を4〜10歳程度とすれば、「セーラームーン世代」の生まれ年は1982〜92年といったところ。つまり「セーラームーン世代」とは、2015年現在で28歳±5歳の、いわゆるアラサーと呼ばれる女性たちである。
「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、感受性の強い幼少期の体験は、人格形成上とても大きな役割を果たす。特に1980年代以降、日本の子供たちの周りには、常に大量のアニメ・マンガ・ゲームがあった。
彼ら・彼女らは、息を吸うように、陽の光を浴びるように、あるいは母親の乳を吸うように、これらを大量に浴びて血肉を形成していった。そこで摂取したものが、成人してからの人格・価値観・倫理観の形成や異性観、美的感性の決定に大きく影響したのは、間違いないだろう。
セーラームーンの時代の背景
なかでもテレビアニメは、事実上無料で摂取できるコンテンツであるがゆえに、ある世代全体の嗜好性を一意に決定しやすい。幼稚園・保育園や小学校では「ゆうべ(週末)見たテレビ番組」が頻繁に話題となるし、1980年代、『キャプテン翼』の影響で、現在のアラフォー男性の間に広範囲なサッカーブームも起こったことはよく知られている。感銘を受けた人気マンガ作品の名台詞や名シーンをいつまでも覚えていて、潜在的な人生訓にしている大人も、今どき珍しくないだろう。
ある時代に熱狂的な人気を集めた作品は、その作品の洗礼を浴びた子供たち全員に、大人になってからも残り続ける、ある共通した人格的特徴や価値観を植え付けるほどのパワーを持っているのだ。
つまり、現代日本のアラサー女性を知るためには、『美少女戦士セーラームーン』という、幼少期の彼女たちを熱狂させた作品を分析するのが近道なのである。『セーラームーン』は彼女たちに乳を与えて育て、正しき女子のふるまいの手本となり、ある共通する価値観を植え付けた。
古来より結婚相手の素行調査でもっとも大切なのは、当事者の学歴でも交際歴でもなく、血筋だった。子を知るにはその親を見ればよい。娘の器量は母親が決定する。彼女たちの母親たる『美少女戦士セーラームーン』という作品を腑分けすることで、セーラームーン世代の内奥に迫っていこう。
「セーラームーン世代」はなぜこうも取り沙汰されるのか?
本題に入る前に、なぜ今回「セーラームーン世代」に焦点を当てたのか、少し説明しよう。
前項でも述べたとおり、「セーラームーン世代」は、現在28歳前後のアラサーである。
何より、ここで言いたいことは、セーラームーン世代は今、「社会の中核に位置している」ということだ。
たとえば、職場のセーラームーン世代はそろそろ中堅だ。後輩に指導する局面が増え、プロジェクトリーダーやマネージャー職など、責任あるポジションにつきはじめる者も多い。キャリアアップを目指して転職や資格取得を目指すのも、この時期からだろう。
特に独身者であれば、新卒時に比べてこの時期の可処分所得は高い。化粧やファッションに力を入れたり、新しい趣味をはじめたり、美味しいものを食べ歩いたりしてQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を追求する。将来的なファイナンシャル・プランを策定して、貯蓄や投資に本腰を入れる者も現れる。
日本の女性は、その多くが30歳前後で結婚や出産といった大きなライフイベントに直面し、仕事との折り合いを中心とした多くの決断を迫られる。
仕事を続けるのか、続けないのか。続けるなら、バリキャリ志向なのか、そうではないのか。上京組なら実家に戻るのか、戻らないのか。実家暮らしなら、家を出るのか、出ないのか。結婚するのか、しないのか。子供を作るのか、作らないのか——。目移りするほどの膨大な選択肢と、ネットやSNSで大量に流入してくるさまざまな情報が、セーラームーン世代を悩ませる。
加えて彼女たちは、「働く女性のワーク・ライフ・バランス」「結婚は無理ゲー」「こじらせ女子」といったテーマで議論が行われるとき、何かにつけてひとくくりにされ、各方面からご機嫌をうかがわれたり、揶揄されたりしがちである。現代日本において、セーラームーン世代は「渦中の人」なのだ。
敵を知れば、自分の正義がわかる
さて、そんな渦中のアラサー女子の彼女たちは、日々どんなことと戦っているのだろうか。その答えは、「セーラームーン」の敵キャラにある。
なぜなら、あるフィクション作品において、何が“敵”と設定されているかを考えるのは、その物語において何が“正義”と設定されているかを探るのに等しいからだ。
たとえば、冷戦時代のハリウッド映画を思い出してほしい。アクションスターの戦う敵が軍国主義的な“東側の某国”なのは、彼・彼女らの信奉する正義が“西側の自由主義”だからだ。大衆時代劇で定番の敵が“圧政を敷いて庶民を苦しめる代官や大名”なのは、“義理人情にあふれた民衆”に正義の基準点を置いているからである。
“敵”とは、その物語が提唱する“正義”が打ちのめしたい悪の価値観そのものであり、世情や想定視聴者の気質がたぶんに影響される。
視聴者がブルーカラーなら“悪”とは富裕層であり、視聴者が知識人なら“悪”とは衆愚ということになる。いずれにせよ、敵の主張の「逆」がすなわち、その物語が視聴者に同意を求めたい正義の主張である。
ゆえに、セーラームーン世代の価値観を紐解いていくうえですべきなのは、月野うさぎのルックス解析でも、名台詞の列記でもなく、セーラームーンたちが誰(どんな価値観)と戦ってきたかの整理と検証だ。
5年間にわたって放映された『美少女戦士セーラームーン』では、大きく5つの敵組織がセーラーチームたちを脅かしてきた。敵組織は『R』の「エイルとアン編」を除き、まるで会社組織のような階層組織をなしている。ここでは各階層の構成員を「大ボス」「中ボス」「現場管理職チーム」「ザコ敵」と呼ぶことにしよう。
【シリーズごとの敵組織】
『美少女戦士セーラームーン(無印)』
(1992年3月〜93年2月放映)
敵組織名:ダーク・キングダム
大ボス:クイン・メタリア
中ボス:クイン・ベリル
現場管理チーム:ダーク・キングダム四天王
『美少女戦士セーラームーンR』
(1993年3月〜94年3月放映)
敵組織名:ブラック・ムーン一族
大ボス:ワイズマン、プリンス・デマンド(ワイズマンの傀儡)
中ボス: サフィール、ルベウス、エスメロード
現場管理チーム:あやかしの四姉妹
※第13話までの「エイルとアン編」に組織はなく、宇宙人の男女であるエイルとアンの2人が敵
『美少女戦士セーラームーンS』
(1994年3月〜95年2月放映)
敵組織名:デス・バスターズ
大ボス:マスターファラオ90(ナインティ)、及び異次元生物に寄生された土萌創一教授
中ボス:カオリナイト
現場管理チーム:ウィッチーズ5(ファイブ)
『美少女戦士セーラームーンSuperS』
(95年3月〜96年2月放映)
敵組織名:デッド・ムーン
大ボス:ネヘレニア
中ボス:ジルコニア
現場管理チーム:アマゾン・トリオ(前半)、アマゾネス・カルテット(後半)
『美少女戦士セーラームーン セーラースターズ』
(1996年3月〜97年2月放映)
敵組織名:シャドウ・ギャラクティカ
大ボス:カオス
中ボス:セーラーギャラクシア(事実上の大ボス。カオスに乗っ取られている)
現場管理チーム:セーラーアニマメイツ
※第7話までの「ネヘレニア復活編」の大ボスはネヘレニア
敵の組織構造
「大ボス」は、そのシリーズにおいてセーラームーンたちが対峙する(悪の)思想・信条の提唱者にして体現者である。
「中ボス」は大ボスの指示を忠実に実行する立場の者だが、シリーズによっては大ボスが後半まで実体や真の目的を明かさないため、視聴者(の女児)にとっては事実上の大ボスのような存在として描かれる。少年マンガにおける「真の黒幕が登場するまでの間の暫定的なボス」のような位置づけだ。
3、4人程度で構成される「現場管理職チーム」にはチーム名(ユニット名)が与えられており、セーラーチームのライバルとして、また思想・信条上の対立軸としてセッティングされることが多い。「現場管理職チーム」の構成メンバーは一部を除いて“上司”である中ボスや大ボスに忠誠を誓うが、無残に使い捨てられることも多く、悲運の敵としてセーラーチームに同情されるケースもよく見受けられる。
「ザコ敵」は、シリーズによって“妖魔”“ドロイド”といった名称で呼ばれる。1話限りでセーラーチームに倒される敵で、ドラマ内で人間性を描かれることは皆無。珍奇な見た目が特徴であり、「現場管理職」が創りだし、部下として操る。
論点は「理念衝突」
敵の組織には「地球を支配する」といった大目的が、そこそこ体系だてて設定されているが、セーラームーン世代の考察において、そのあたりの世界観解析はあまり重要ではない。敵の真の目的がはっきりするのが1年にわたるシリーズにおける終盤であることも多く、矢継ぎ早に込み入った説明(なぜ地球を狙うのか等)がなされがちなため、視聴者のメインターゲットである女児が世界観の深い理解込みで番組を視聴していたかは、甚だ疑問だからだ。
ここで大事なのは、セーラー戦士たちと文字通り白兵戦で直接対決する「現場管理職チーム」や「中ボス」が、セーラーチーム(という女児のロールモデルたち)とのバトルによって、どのような理念衝突をしているかである。
それでは、シリーズごとの敵、繰り返しになるが、セーラーチームが忌避し、排除しようとする価値観の詳細について見てみよう。
(次回につづく)
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